中村不折の書

 朝日新聞中村不折の書「龍眠帖」が紹介された(3月24日)。5月9日まで東京・根岸の台東区書道博物館で「中村不折と明治の書 文豪たちとの交流を中心に」が開かれており、この作品も出品されているという。

 初めて目にした人は、さぞ驚いたに違いない。ヘンとツクリがばらばらになった、ゆがんだ文字の群れ、書というより、記号の羅列のようだ。発表当時、著名な書家から酷評され、書壇で大論争になったというのもうなずける。
「龍眠帖(りゅうみんじょう)」は洋画家にして書家の中村不折の代表作だ。内容は中国の詩人・蘇轍(そてつ)の詩「題李公麟山荘図」を21紙につづったもの。多忙で体調を崩し、神経衰弱に陥った不折が、療養先の群馬県磯部温泉で、リハビリを兼ねて書いたと伝えられる。
 もともと習作で本人は発表するつもりがなかったため、所々に間違えた文字を直した訂正の跡などが残る。俳人河東碧梧桐の勧めで1908年に出版され、再版が決まった際も、「風格まで同じに書けそうもない」と、書き直さないまま刊行された。
 書家の石川九楊はかつて、従来の書と本作の違いを、写実的な肖像画ピカソやキリコの人物画の差にたとえた。

 不折の書は義父の家にも掛け軸があった。署名が「不拙」となっていた。義父は、不折が酔った折りにでも戯れてこの署名をしたのだろう、贋作ならこんな名前を書くことはないだろうし、本物だろうと言う。義父の父親は戦前「信州及信州人」という雑誌を発行しており、不折に絵やカットを描いてもらっていたという。そんな関係で不折の書があるのだと説明してくれた。
 台東区書道博物館は元不折の住宅。鶯谷のラブホテル街の真ん中にある。真面目な義父は書道博物館へ行ったが大変恥ずかしかったらしい。