荒川修作という謎

 塚原史荒川修作の軌跡と奇跡」(NTT出版)を読んだ。荒川修作は40年前、初めてその不思議な作品を見て驚いたことを今も強く憶えている。図面のような線だけの絵画で矢印が描かれていて、deskとかcatなどと書かれている。それが荒川修作のダイアグラム(図式絵画)だった。以来荒川修作は謎の画家だった。
 本書は現代思想を専攻する塚原史荒川修作に寄り添うように、荒川の作品を解説しているので、画家が何を考えているのかよく分かるようだ。
 荒川ははじめコンクリートの塊を布と綿で包んだ作品を制作する。これは時々美術館の常設展でも見ることができる。「棺桶」シリーズというのだそうだが、何か胎児のようにも思える。
 ついで瀧口修造に6万円という多額の餞別をもらい渡米する。この金額について、本文では塚原が「当座をなんとかしのげる額だった」と書いているが、第2部の対談では荒川は「6万円といえば、その頃なら家が買えるぐらいのお金だよ」と言っている。どっちなのだろう。
 アメリカでマルセル・デュシャンに会い、また生涯のパートナーであり共同制作者となったマドリン・ギンズと出会う。その頃ダイアグラムを描き始める。これが40年前私が見てショックを受けたものだ。「記号、数字、直線、色彩のグラデーションなどで構成される」とある。
 次に「意味のメカニズム」と題された思考実験のような作品が作られる。これがよく分からない。鑑賞用の美術品ではなく、「教科書」なのだという。「1 主観性の中性化」から「16 再検討と自己批判」までの16のレッスン(エクササイズつき)を通じて、常識や習慣や固定観念から読者を解放し、見慣れた世界を見知らぬ世界に変換するための、アンチ・マニュアルである、という。
 いよいよ建築に移っていく。岡山県奈義町に「偏在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」という建造物が造られる。ついで岐阜県養老町に「養老天命反転地」が建設される。テーマパークのような作品だ。その後三鷹市に「三鷹天命反転住宅」が造られる。この住宅は、

 ロフト内に一歩足を踏み入れると、あなたの足の裏は異常な感触を受けとるだろう。石ころだらけの海辺を歩いているかのように、無数の不規則なでっぱりを踏みつけなくては前に進めない。そう、床の代わりに、剥き出しのセメントが波打つように打たれているのだ。(中略)
 ほぼ円形の波打つ底面の周囲に、立方体や球体の「部屋」がはめこまれているが、部屋といっても(シャワーやトイレのスペースにも!)ドアがない。

 最新の著作では「死ぬのは法律違反です」と書かれ、60歳でも15歳の肉体になれると言っている。私になんとか理解できるのは「棺桶」シリーズの立体から、せいぜいダイアグラムまでだ。荒川修作って私には○○○○(漢字の四文字熟語)のように思えるのだが。
 この本はNさんからいただいた。今まで謎だった荒川修作がほんの少しだけ分かった気がする。Nさん、ありがとうございました。

荒川修作の軌跡と奇跡

荒川修作の軌跡と奇跡