木田元へのインタビュー

 朝日新聞夕刊に「人生の贈りもの」というコラムがあり、毎週著名人へのインタビューが5回シリーズで掲載されている。先週が哲学者の木田元だった。インタビューなのできわめてやさしい言葉で哲学が語られている。

 ーー(ハイデガーは)どんな人物だったのでしょう?
 ハイデガーの伝記が出版され、嫌なヤツだと思うようになりました。ナチスにかかわっただけでなく、子どもの名付け親にもなっていた一家を密告している。政治思想家ハンナ・アレントとの恋愛も身勝手。不倫関係がバレそうになると、「ヤスパースのところで勉強した方がいいだろう」と離れたところに送り出してしまう。アレントが怒って住所を知らせないでいると、弟子を使って調べさせる。弟子たちも長続きしない。弟子の口を通じて、思想の全容が伝わるのが普通だが、追いかけ続けた弟子がいない。
 ただ、講義はうまかった。失神した女子学生が何人もいたそうです。
 ーーご専門のハイデガーは、どのようにナチスに協力したのですか?
 ハイデガーが生きた20世紀前半は、世界恐慌に見舞われ、ドイツの民族資本は国際資本につぶされ、反発が渦巻き、精神的に荒廃してナチズムが台頭した。ハイデガーは、ナチズムに危機を克服する力があるとみたのです。近代以降の西洋文明が巨大化することに危機意識を持ち、物質的ではない自然観の復権を願った。ナチス民族主義を見誤って、ハイデガーは「ヒトラーを指導し、ナチスを自分の考えていた方向に導こう」と虫のいいことを考えたが、ナチス内部のイデオロギー闘争に敗れるのです。
 ーーハイデガーは西洋文明を克服しようとしたのですね
 西洋文明は、大きくとらえると、神など超自然的な原理を立て、自然はその原理によって世界を制作する際の材料にすぎないとみていたのです。2千年以上前のギリシャプラトンアリストテレスから、200年前のヘーゲルまでの西洋哲学は形而上学と呼ばれ、それが西洋文明形成の原理となってきた。ハイデガーはそれを乗り越え、新しい文化形成の方向を模索したのです。
 ハイデガーの考えは、彼より45歳上のニーチェの考えが元になっています。ニーチェは西洋文明への反省から出発した。彼が生きたのは、19世紀末の産業革命の時代だったこともあり、非人間的な労働など技術文明の弊害が見えはじめていました。
 ニーチェ以降の思想は、西洋哲学を批判する哲学なのです。だから、それ以前のヘーゲルまでの哲学とでは、「哲学」という言葉の意味がまったく違う。それを「反哲学」と考えています。
 ーー「反哲学」の立場によって「日本人もヨーロッパの哲学者と同じ立場で『哲学する』ことができるようになった」とお書きです
 「我思う、ゆえに我あり」と言った17世紀の哲学者デカルトの理性はわれわれ日本人の考える理性とはまるで違います。デカルトの理性は神の出張所のようなものです。各人の中にあるが、それを使って考えれば普遍的な思考になる。神が世界をつくり、その設計図の写しが人間にあると考えたのです。
 ニーチェ以降、超自然的な原理が無いということに気づいた。自然は世界を制作する材料ではなく、生きていて生成するものだと。プラトンより前の古代ギリシャ人もそう考えていたのです。われわれ日本人の思考に近い。ニーチェ以降を「反哲学」と呼ぶなら、われわれも同じ土俵に立って考えることができるようになるわけです。

 木田元は「ハイデガー存在と時間』の構築」(岩波現代文庫)が面白かった。未完に終わった「存在と時間」の概略をみごとに復元している。
 ■未完の大作「カラマーゾフの兄弟」と「存在と時間」(2007年8月12日)

ハイデガー『存在と時間』の構築 (岩波現代文庫―学術)

ハイデガー『存在と時間』の構築 (岩波現代文庫―学術)