『ハンナ・アーレント』を読む

 矢野久美子『ハンナ・アーレント』(中公新書)を読む。宇野重規が読売新聞の書評欄で紹介していた(5月4日)。

 ハンナ・アーレントというと、全体主義やら革命を論じた、ちょっと怖そうな政治哲学者というイメージがあるかもしれない。ところが、日本でも話題になった映画「ハンナ・アーレント」がよく描いていたように、彼女は亡命先のニューヨークでの友人たちとの交わりを大切にした、繊細で心優しき人であった。
 ドイツでのナチス体験、苛酷な逃亡生活、ようやくたどり着いたアメリカでの生活の苦難とマッカーシズムの不寛容。しかしながら、彼女はこれらの経験を個人、あるいは民族の災難ではなく、20世紀における人間の置かれた条件として考察し続けた。このことが彼女をまさに20世紀を代表する思想家にしたのだが、それを支えたのは彼女を囲む家族や友との親密な関係であった。

 そして「アーレントの思想を、彼女の生涯にそって説明していくこの本」と言うとおり、小さな本ながらていねいな伝記になっている。ハイデガーヤスパースに可愛がられ、研究者として評価されつつありながら、第2次世界大戦の渦中で、ユダヤ人としてナチスに追われ、フランスを経てアメリカに亡命した。その経験から主著『全体主義の起源』が書かれ、ナチのアイヒマン裁判を巡る『イェルサレムアイヒマン』で同僚のユダヤ人たちから激しい批判を浴びる。
 若い頃愛しあったハイデガーはナチに加担した。親しくしたベンヤミンアメリカへの亡命を試みてスペインとの国境で自殺した。ナチスによるユダヤ人の大量虐殺。苛酷で劇的な人生を生きたアーレントのことが少し分かった気がした。とても良い伝記だと思う。
 アーレントについては今まで何も読んだことがなかった。ほとんどの著作が日本語に翻訳されているという。伝記の次にはアーレントの思想を詳しく知りたいと思った。ハイデガーとの思想的な葛藤についても興味がある。何かさがして読んでみよう。