佐野眞一による政治家たちの人物月旦

 佐野眞一はノンフィクション作家として私が一番信頼する人だ。これらの本をいつも感嘆して読んできた。特に『カリスマ』と『阿片王』はすばらしかった。並の作家ではない。
『遠い「山びこ」 - 無着成恭と教え子たちの四十年 - 』(新潮文庫
『カリスマ─中内功ダイエーの「戦後」』(新潮文庫
『だれが「本」を殺すのか』(新潮文庫
『阿片王 満州の夜と霧』(新潮文庫)、阿片王と呼ばれた里見甫と並べたら、岸信介小佐野賢治も小粒でしかない。里見から金をもらっていたのだ。
『枢密院議長の日記』(講談社現代新書
 その佐野眞一が、筑摩書房のPR誌「ちくま」に「テレビ幻魔館」というエッセイを連載している。11月号が「政界の御面相」でこれがとてつもなく面白い。長いけれど紹介したい。

(前略)
 日本人は好むと好まざるとにかかわらず、この1か月ほど政治家という人種と付き合わされたことはなかったのではないか。
 そこで今回は、このドタバタ劇に登場した政治家たちの人物月旦を戯れに試みてみよう。最初に断っておくが、一連の政治騒動の舞台裏をもっともらしく解説する気持はさらさらない。また、それだけの材料も持ち合わせていない。この間テレビに登場した政治家たちに対する私なりの独断的コメントをつけるだけである。
 まず新総理に決まった麻生太郎である。麻生という男を初めて意識したのは、小説家の田口ランディと数年前に雑談したときだった。彼女は柄にもない悲憤慷慨調で、麻生をこきおろしはじめた。
 関西からの上りの新幹線に乗っていたら、麻生太郎が大勢の側近に囲まれて名古屋から乗り込んできたの。麻生はグリーン車の座席に座ると、爪を丁寧に切り始め、それが終わるとやおらマンガ本を読みだした。それが何と「ドカベン」なのよ。東京に着くまで、それを一心不乱に読んでいた。こういう教養のかけらもない男は、外国に出すと恥ずかしいから総理大臣にだけはしたくないわ……。
 田口ランディの憂慮は図らずも当たってしまったわけだが、私は彼女からそんなことを聞いて以来気にかけてきた麻生のことが、そう嫌いではない。とりわけ福田康夫と争った前回の総裁選で、秋葉原の街頭演説に繰り出した麻生が、宣伝車の上から「秋葉原といえば……」と耳に手を当てて聴衆に問いかけ、ダミ声で「オタクだよね」と自答するやりとりの呼吸は、なかなかのものだった。
 仙台では「仙台といえば……」とやって、「七夕だよね」とやり、高松では「讃岐といえば……」とやって、「うどんだよね」とやっていた。この調子で「広島といえば……、原爆だよね。人がたくさん死んだよね」くらいやるかと思ったが、さすがに物議をかもすと思ったのか、そこまでの大胆発言はなかった。
 残念なのは、総理の椅子が近づくにつれ、麻生のお家芸の毒を含んだ話術が日増しに精彩を欠いてきたことである。麻生が野中広務を「部落出身者を総理にするわけにはいかん」と言って激怒させたことは有名である。失言、暴言がなくなるに従い、麻生の人相が悪くなった。総理の座を射止めるとは、つくづく難儀なことである。
 その麻生と総裁選を争った石破茂は人気はともかく、キャラ立ちの面で突出している。白目をむきだしてことさらゆっくりしゃべる仕草は、日本軍の総司令官になって戦闘開始の陣頭指揮をとるごとき過激な発言を聞くまでもなく、それだけで十分恐ろしい。
 あの紅いほっぺたで、酒豪にして愛煙家、更にはキャンディーズの大ファンにしてプラモデル作りが趣味だという。それを知って、人間存在の不可解さと不気味さを、いまさらながら教えられた。
 総裁選に出馬したもう一人の立候補者の小池百合子は、石破とは別の意味で恐ろしい。小池が総裁レースに手をあげたとき、かつて政界のドンといわれた金丸信が総理の椅子に野心を燃やす渡辺美智雄について言った破壊力ある一言を思い出した。
「床の間に肥桶を飾るわけにはいかん」
 いやしくも女性に向かって肥桶と一緒だなどと失礼なことを言うつもりはない。しかし小池のあの際限のない上昇志向と、自分の野心を実現するためなら政党を平気で渡り歩く廉恥心のなさを見るにつけ、肥桶以上の卑猥感を感じざるを得ないのである。
 これらの話題をすべてかっさらってしまったのが、麻生内閣発足の翌日、突然発表された小泉の政界引退表明だった。小泉の政界引退の真意を詮索する気持は毛頭ない。周囲が、ああでもないこうでもないと勝手に思惑をめぐらせることは、小泉マジックの術中にはまるだけだからである。私にいわせれば、小泉人気を助長してきたのは、マスコミを先頭とした国民総ぐるみの買い被りだった。
 アメリカ流自由経済主義の導入が、格差社会の拡大に拍車をかけたなど、小泉政権の罪をあげればきりがない。だが、ここでそれをいちいち言挙げするのは野暮なので、これ以上は言わない。
 ただ、訪米した小泉が、若い頃からファンだったというプレスリーの歌真似を身ぶり手ぶりよろしくやって、あの馬鹿ブッシュさえどんな顔をしていいやら困らせた浅薄さと、潔さを強調した引退表明と引き換えに、次男にちゃっかり世襲させて四代目のレールを敷いた抜け目のなさだけは、しっかり記憶しておいた方がいいだろう。
 面白かったのは、久々にテレビに登場した小泉チルドレンといわれる女性軍の面々から、小泉引退を惜しむ声が聞けたことである。
 いい機会なので、ここで彼女らの人物評をごく簡単に述べてみよう。いうまでもなく、彼女らから感じる私の勝手な見立てである。
 佐藤ゆかりの白すぎる歯並びを見ると、なぜか子どもの頃観て恐ろしかった東映映画の「終電車の死美人」を思い出す。ファラ・フォーセット風の髪型をまだ死守している片山さつきには、びっくりした。彼女を見ると、やはり昔テレビで観た「妖怪人間ベム」を思い出す。猪口邦子を見ると、いつも「おてもやん」を歌いたくなるのはなぜだろう。
 いまや茶番劇だらけになった政界の人びとの言動など、私にはテレビのB級お笑い番組以上の意味をほとんどもっていない。

 まだ読んでいない佐野眞一の著書が何冊もある。これは大いなる楽しみだ。
『巨怪伝─正力松太郎と影武者たちの一世紀』(文春文庫)
『旅する巨人─宮本常一渋沢敬三』(文藝春秋
『東電OL殺人事件』(新潮文庫
甘粕正彦 乱心の曠野』(新潮社)
『沖縄─だれにも書かれたくなかった戦後史』(集英社インターナショナル