『忘れられた日本人』と『宮本常一が見た日本』を読む

 宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)と佐野眞一宮本常一が見た日本』(NHK出版)を読む。『忘れられた〜』は13の短編からなっていて、個々のバラツキはあるものの全体に良い。就中、世間で評価の高い「土佐源氏」は絶品だった。盲目の元馬喰の乞食が語る女性たちとの情事の数々。ほとんど短編小説だ。宮本常一の採話の巧みさがよく現れている。どうしてこんな著名な本を今まで読まないできたのか。
 佐野眞一は『旅する巨人』という宮本常一渋沢敬三の交流史を書いた後、NHK「人間講座」のために取材しまとめたものに加筆して『宮本常一が見た〜』を書いている。『旅する巨人』を補って宮本常一の業績をさらに詳細に語っている。この『宮本常一が見た〜』から、

 われわれはいまや、宮本の膨大な著作を高度成長以前の日本の社会と民俗を知るための貴重な資料といわなくてはならない時代に生きている。宮本は日本列島を歩きつづけることによって、自分の肉体にこの国がいまどういうかたちをしているかを誰よりも明確に刻みこんでいった。宮本と親交の深かった劇作家の木下順二は宮本が死んだとき、「何とかして宮本さんの脳を残せないものだろうか。宮本さんの頭のなかには日本がぎっしりつまっていた」といったという。宮本はそれでいて、「この国のかたち」という大上段にふりかぶったいい方は決してしてこなかった。司馬遼太郎のように、幕末維新期の志士たちを称揚するあまりそれ以降の日本人をどこか軽侮するようなものいいは絶対にしなかった。

 二つの本を読書中はとても幸福な時間だった。


忘れられた日本人 (岩波文庫)

忘れられた日本人 (岩波文庫)

宮本常一が見た日本 (ちくま文庫)

宮本常一が見た日本 (ちくま文庫)