山本弘の作品解説(10)「傘」


 山本弘「傘」油彩、F10号(53.0cmx45.5cm)
 1976年の飯田市勤労福祉センターでの個展で発表された。1994年京橋の東邦画廊での第1回遺作展に展示され、私の知人が50万円で購入してくれた。絵なんて買うの初めてだと言いながら。「月刊美術」の展評に取り上げられた時この作品が紹介された。
 見たとおり立っている傘を描いたもの。傘の下にざるのようなものがあり、その中に何か入っている。野菜とか果物だろうか。脳血栓で不自由になった足を引きずりながら、いつものように近所を散歩していたときに見かけたものなのだろう。いつも変なものをモチーフにしている。半ば崩れた農具小屋、何の変哲もない転がっている丸太、淀んだ池、落書きされたガラス窓、地面から顔を出したばかりの筍、ありふれた柴塀、朽ちた木、曲がりくねった道、何もない三叉路、つまらないようなもの、人がむしろ汚いと思っているもの、そんなものを美しく描く。ただ立っている傘1本を絵にしている。この画家はアル中だ。昼間から酔っぱらって、戯れ言を言って、ぐざって(絡みぎみにぐずぐず言う)、人の個展に顔を出して貶して、そうして訳の分からない絵を描いている。多くの飯田市民からはどうしようもないアル中の絵描きだと思われている。その内の何人かはたぶんクズだと思っているのではないか。その画家の内面はこの傘のような美しさなのだ。私はそれを知っている。それを知っている私は幸せだ。
 (狭間氏蔵)