司馬遼太郎の「街道をゆく」の12巻が「十津川街道」だ。奈良の南の十津川渓谷の村だ。ここを語りながら、十津川出身の詩人、野長瀬正夫について触れてないのは少々問題ではないか。その野長瀬正夫の詩を紹介したい。詩集「夕日の老人ブルース」(かど創房)より。
老人痴語
ゆうべは大変なことをしてしまった
会社の女の子と寝たのだ
おれは この数年、
その娘の結婚について
真剣に心配していたところだった
それなのに いっしょに寝るなんて
なんという不道徳人間、
なんという助平爺だろう
目がさめて、
「ああ、夢でよかった」と安心したものの
夢で残念、という気もした
この馬鹿め!
煩悩無残
もういっしょに寝るのはいやです、
と老妻が言い出したので
「ほならやめとこか」と軽く受け、
二階と下で べつべつに寝ることにした
それから何年かたった
おれはずいぶん修養をつんだつもりであるが
この世の名残りに
せめてもう一ぺんだけ、という気が起った
しかし、おれはこれでも精神派だから
だれとでもいいという訳にはいかない
思案にあまって ある晩、
下の部屋へ降りていったところ
老妻の寝床には 白髪の山姥(やまんば)が
頭だけ出して眠りこけていたので
おれは諦めて そっと引き返した。
明治39(1906)年奈良県十津川村生まれ、出版社"金の星社"編集長を経て昭和59(1984)年に亡くなる。享年78歳。
以前、黒テントがこの詩集を元に「夕日の老人ブルース」という芝居を上演したが、見逃してしまった。残念!