繰り返し読んだ本

 熊谷に住む岳父を訪問した。土産代わりに野長瀬正夫の詩集『夕日の老人ブルース』(かど創房)を持参した。帰宅してしばらくしたら岳父より電話があり、本のお礼と著者について尋ねられた。詩集はおもしろくすぐ読んでしまったとのこと。
 野長瀬は十津川出身の人で、絵本出版の金の星社の編集長だった。絵本をたくさん書いていたようだった。すると十津川とはどこかと訊かれた。十津川は奈良の南、熊野へ続く峡谷の村で、しばらく前に水害で大きな被害を被っている。明治になって大勢の村人が故郷を離れて北海道へ移住し、新十津川村を作った。
 十津川に関する知識は司馬遼太郎の『街道をゆく 12-十津川街道』(朝日新聞文庫)で知った。本書に次のように紹介されている。

 十津川とは、いまの奈良県吉野郡の奥にひろがっている広大な山岳地帯で、十津川という渓流が岩を噛むようにして紀州熊野にむかって流れ、平坦地はほとんどなく、秘境という人文・自然地理の概念にこれほどあてはまる地域は日本でもまずすくないといっていい。

 この『街道をゆく』シリーズが好きで、全43巻を2回通読した。司馬遼太郎の小説はあまり好きではなく、わずかしか読んでいない。
 読みたい本が五万とあったこともあり、未読の蔵書が現在でもまだ数百冊も残っていることから昔から繰り返し読んだ本は少なかった。
 それでも一番多く読んだのはランボー小林秀雄訳の『地獄の季節』(岩波文庫)で、繰り返し何度も読んだのだった。ついでT. S. エリオット/深瀬基寛訳『荒地』という長編詩。これは筑摩世界の文学全集の中にあったのをノートに写して読んだ。高校生の頃でまだコピー機というものがなかったので筆写した。もう50年以上まえになる。それを繰り返し読んだのだった。
 小説ではカミュの『異邦人』を窪田啓作の訳で10回以上読んだだろう。その次がル・クレジオの『調書』(新潮社)で、高校3年の折りに発売されてから20代半ばまで毎年1回は読み返してきた。『調書』の主人公アダム・ポロに魅せられてハンドルネームをM. M. ポロとした。アダム・ポロは半ばキチガイの変な青年なのに、当時なぜか強く惹かれたのだった。
 何度も読み返したわけではないが、気に入って友人たちにプレゼントした本に佐多稲子夏の扉』(新潮文庫)がある。亡くなる直前の中野重治に対する屈折した愛の表現がたとえようもなく見事で好きな作品だった。
 瀬戸内寂聴の『孤高の人』(ちくま文庫)も好きだった。瀬戸内が親しかった友人湯浅芳子について書いている。瀬戸内もわがままな湯浅に強く惹かれている。優れた伝記文学だと思う。

 

 

街道をゆく 12 十津川街道 (朝日文庫)

街道をゆく 12 十津川街道 (朝日文庫)

 
夕日の老人ブルース―野長瀬正夫詩集 (1981年)

夕日の老人ブルース―野長瀬正夫詩集 (1981年)

 

 

調書

調書

 

 

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 

 

荒地/文化の定義のための覚書 (中公文庫 エ 6-1)
 

 

孤高の人 (ちくま文庫)

孤高の人 (ちくま文庫)

 

 

夏の栞―中野重治をおくる― (講談社文芸文庫)

夏の栞―中野重治をおくる― (講談社文芸文庫)

 

 

地獄の季節 (岩波文庫)

地獄の季節 (岩波文庫)