語り部

mmpolo2006-11-29




 小学校の頃の担任の先生を囲んで数人が集まって飲んだ。先生を送った後、皆でもう一度飲み直した。
 集まった連中はわりあい成績の良い者たちだったが、一人だけ悪ガキで勉強が苦手なやつがいた。今は農協の職員をしている。
 彼の話が滅法面白かった。およそ1時間もの独演で、数年前の札幌旅行を語って聞かせた。友人たちと誘い合って家を出、長野県の田舎から東京に行き羽田から千歳空港に飛んだ。札幌に移りホテルに投宿し、お決まりのすすき野へ行って遊んだ。
 翌日千歳から帰ったのだが、途中ホテルに航空券を忘れてきたことを思い出し、ぎりぎりの時間で取りに戻ったこと。
 どんな小さなエピソードも漏らしてはいないと思われるほど、具体的で細かい事柄まで満載の旅行記だった。しかも、それを時間軸に沿って面白おかしく語ったのだった。
 いにしえの語り部はこんなではなかったか。
 聞き手たちは爆笑しながら感心して聞いていた。後で聞き手の友人の一人が、あんな風に語れるやつはいないぞと言った。われわれにはできない。
 しかし、もし彼にその旅行記を要約して語れと言ったとき、彼にそれができるだろうか。時間軸を崩して再構成して。
 それはできないのではないだろうか。その点はいにしえの語り部も同じだったのではないか。要約できずに語るから、長い物語が崩れること少なく伝承されていくのではないか。
 われわれ勉強のできた連中はそんな風に思ったことだった。