詐欺師に会った

 たとうを求めて新宿の世界堂へ行ったが、注文して2週間かかると言われた。お茶の水の文房道へ行ったら3日間でできるという。それを注文してお茶の水駅まで戻った。暑い中坂道を登って行ったが、半分口を開けてぼうっとした顔をしていたのだろう。見知らぬ男から声をかけられた。
 〇〇ですと言われたが、その顔に見覚えがなかった。どちらですか? と訊くと、ナベちゃんの知り合いですよと言われた。ナベちゃんに心当たりがなかった。同時に昔も同じことを言われたことを思い出した。この男は詐欺師なのだと確信した。それでナベちゃんて誰ですか? と訊くと、人違いでしたと言って去って行った。
 以前詐欺師に会ったことをこのブログに書いたことがあった。調べるともう9年前になる。そのことを再録する。
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 先日有楽町駅を出て銀座に向かって歩いていると、前から来た中年の男が、やあ、しばらくと言って笑いかけてきた。どちら様ですかと聞くと、中村ですよと言う。銀座あたりで親しげに振る舞う中村さんと言ったら美術家の中村昇さんしか思い付かない。中村昇さんかと思って顔をよく見ると、中村昇さんにしては微妙にずれる。目の前の顔と中村昇さんの顔とを同調させようとするのだが、うまくできない。当然だ、別人なのだから。どこでお会いしましたっけ? と問うと、ほら、ナベちゃんやコーさんと一緒にだよと言う。ナベちゃんて誰ですか? 渡辺さんだよ。下の名前は何ですか? ナベちゃんの名前何だったかなあ。どこでお会いしたんでしたっけ? ほら、あそこだよ、と本当に馴れ馴れしい。銀座あたりで大勢で会っているならと考えて、絵のコレクターの会ですか? と聞いた。そうだよ、そこだよ。コレクターの会というと、美楽舎か、あるいは「わ」の会だろう。どちらでも見かけた記憶がない。私はコレクターの会の皆さんとはあまり親しくないんですよ。そして、私の名前は曽根原ですけど(人違いしていませんか)と言えば、知ってるよ、曽根原ちゃんじゃないかとあくまで馴れ馴れしい。そして、そこらでちょっとお茶でもと誘われた。いや、これから少し用事があるもんですから。じゃあ、用事の後でここに戻ってこない? お茶飲みながら懐かしい話をしようよと言う。いや、この人と懐かしい思い出がないことだけは確信できた。いえ、何時に終わるか分からないのでと断ると、私は最近養子にいきましてねと話が変わった。今どき養子なんて恥ずかしいけどと言う。恥ずかしいことなど何もないですよ。まあ、相手のお母さんが金持ちで銀座に店を持っているんです。何の店ですか? 飲み屋や洋服屋などいくつも持っているんです。しかし、こんな風にどこまでも具体的な名前が出ない。そのお母さんが厳しい人で、私が変なことをやっていると知れたら、娘を返せと言われちゃうので内緒なんですが、北海道で馬の売買をやって儲けているんです。昨日も400万円儲かって、と言う。お金の話になったので私も警戒して、いや私はお金なんてないですよと逃げ腰になる。すると、持っていた大きな鞄のファスナーを開けて、ほらと、中の現金の束を見せられた。1万円札がぎっしり入っていた。さして親しくない相手に町中で唐突に現金を見せるなんて、これは怪しすぎると、じゃあ私はここでと逃げ出した。
 金が儲かるからと何かに投資させるような詐欺なのだろう。鞄の中の現金は詐欺師の教科書どおりの見せ金だ。あまり自信たっぷりなので、私が忘れてしまっているのではないかと思ってしまった。それにしても、自分からは何一つ具体的なことは言わないで、すべてこちらに話させている。お金の話にならなければ騙されたままかも知れない。まあ、こちらとの関係がうまく築けなかったので、急遽儲け話に振ったのだろう。その唐突さが不自然であったために危うく難を逃れたのだった。
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 実は詐欺師からは今まで何度も声をかけられている。車が横付けして、窓から顔を出して話しかけてくる。展示会の帰りなんだけど、余った時計をやろうかと言う。私は何度も経験しているので、しらばっくれて頂いて良いんですか、悪いですねと言って手を伸ばす。すると、時計を持った手を引っ込めて、只ってわけにはいかないから少しお金をくれという。ブランド物の時計が1万円だという。私はここで要らないと言って車から離れていた。何度も経験したので、詐欺師からはカモに見えるらしいと自覚していた。
 会社の部下がそれに引っかかって、ブランド物の時計だというのを2個2万円で買ってきた。どう見ても中国製の安物で、せいぜい2個2千円がいいとこだろう。彼は、話題だと思ってと強がっていたが。