『批評理論入門』を読む

 廣野由美子『批評理論入門』(中公新書)を読む。何やら難しそうなタイトルだが、内容は小説論。著者は最初『新・小説神髄』の名前を考えていたという。副題が「『フランケンシュタイン』解剖講義」といい、有名な『フランケンシュタイン』をテキストにして、文学論の様々なタイプを縦横に語っている。
 著者は小説の読み方には、「内在的アプローチ」と「外在的アプローチ」があるという。前者は小説の形式や技法、テクストの構造や言語を調べることで形式主義とも呼ばれる。後者は文学以外の対象や理念を探求するために文学テクストを利用する。いや概念的に書くと難しくなるが、具体的にはなかなかおもしろい。
 全体が2部に分かれていて、I 小説技法篇と、II 批評理論篇となっている。小説技法篇の目次を見ると、「冒頭」「ストーリーとプロット」「語り手」「焦点化」「提示と叙述」「時間」「性格描写」「アイロニー」「声」「イメジャリー」「反復」「異化」「間テクスト性」「メタフィクション」「結末」とあり、なるほど技法について具体的・体系的に取り上げて解説を加えている。
 批評理論篇が特におもしろかった。やはり目次を拾うと、「伝統的批評」「ジャンル批評」「読者反応批評」「脱構築批評」「精神分析批評」「フェミニズム批評」「ジェンダー批評」「マルクス主義批評」「文化批評」「ポストコロニアル批評」「新歴史主義批評」「文体論批評」「透明な批評」と13通りの批評形式を紹介している。
 読者反応批評とは、読者によって作品に対する反応の仕方が異なることに着目し、テクストが何を意味しているかではなく、テクストが読者の心にどのように働きかけるかという問題に焦点を置く批評。
 脱構築批評については、従来の解釈を否定して別の新しい解釈を示すのではなく、テクストが矛盾した解釈を両立させていることを明らかにするのが目的とある。
 フェミニズム批評は、性差別を暴く批評として登場した。それは男と女は本質的に違うものとして捉える。それに対してジェンダー批評は、性別とは社会や文化によって形成された差異・役割であると見る。フェミニズム批評は、もっぱら女の問題に焦点を当てるが、ジェンダー批評は、両性を連続的なものとして捉える。
 マルクス主義批評の特色は、文学作品を「物」として扱うことである。文学テクストとは、それ自体の内部からすべての意味が引き出せるような完結した存在ではなく、ある特定の歴史的時点に生じた「産物」であると、マルクス主義批評家は考える。ある文学テクストが生まれてくるための政治的・社会的・経済的条件を探求し、それらとの関係において作品の意味を解明しようとする。
 ざっとこのように、様々な方法から見た『フランケンシュタイン』の分析が具体的に語られる。テーマはフランケンシュタインではなく、批評理論である。読後、印象に残ったのは、様々な批評理論が相対化されたことだった。いろいろな批評理論があり、さらに今後も新しい批評方法が提案されるだろう。しかしテクスト=文学作品がまず確固としてあるのだということが改めて確信できたのだった。
 おもしろい読書だった。タイトルの難しさに読者が手を出しづらいのではないかと危惧するのはおせっかいというものか。


批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義 (中公新書)

批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義 (中公新書)