矢川澄子『アナイス・ニンの少女時代』(河出書房新社)を読む。矢川はアナイス・ニンの日記『ヘンリーとジューン』(杉崎和子 訳:角川文庫)を引用して、これを読んでアナイス・ニン観は180度変ってしまったと書く。アナイスは夫ヒューゴー・ガイラーがありながら、『北回帰線』の作家ヘンリー・ミラーの愛人になる。「ヘンリーとの愛があった最初の日、私は怖ろしい事実を突きつけられた。ヒューゴーの性は、私には大きすぎるのだ。だから、私の快感には、いつも痛みが混じっていた。夫との結婚生活にあき足らなかった理由の秘密はこれだったのか。」
ついでその10ページほど後の日記が引用される。
ここからは、どう書けばいいのか分からない。生まれて初めての体験だから。あの時間のあまりの密度の高さ、激しさに目が眩んでいるから。私が覚えているのは、ヘンリーの貪欲さ、エネルギー。「君のお尻はステキにきれいだ」って言われたこと。湧き出す蜜。凄まじい快楽の波。終わりのない融合。平等な快楽。待ちに待っていた性の深さ、暗さ、窮屈、赦祷式。躰の芯に触れる男の肉は私を征服し、濡らしながら、力強くその焔をよじった。
「感じるかい? え、感じるか?」
私は何も言えない。眼も頭も血で一杯だ。言葉は溺れてしまった。意味も音も不確かな、叫び声しか出せない。女の躰のもっとも原始的な根からあがる叫び声、子宮から蜜のようにほとばしり出る咆哮。
悦ばしい。涙が出る。言葉はない。私は征服されて、言葉を失くしていた。
ああ、こんな日が、私の「女」がこうも完璧にうち据えられる日が、何ひとつ残さずに、私の全存在を捧げられる日があったなんて。
これでも、事実を書いたとは言えない。飾ってもいる。今の私の力では、あの日を描ききるだけの深さも激しさもない。だから、飾りも隠しもする。でも、私は諦めないで書き続けるわ。私の魔術がひそかに創り出していたとおりの、あの暗く、壮麗な、狂おしい、めくるめく、激しい官能の恍惚へ落ちていった瞬間を描ききるまで。
アナイスの、女性の、官能の深さにただ圧倒されるばかりだ。
それにしても、男たちは大きければいいと思っているが、アナイスは夫の性が大きすぎたと言っている。以前、居酒屋で、大きければいいってものじゃないのよ、鼻の穴にニンジン突っ込まれて嬉しいとと思う? って言い放った女性の言葉を思い出した。
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