グレン・グールドは局所性ジストニアだったのか?

 青柳いづみこグレン・グールド』(筑摩書房)に、グールドが局所性ジストニアだったかも知れないとの記述が出てくる。

 もっとも、グールドの右手の動きが左手より劣っていたかというとそんなことはない。各指は完全に分離・独立しており、中指、薬指、小指の間に少しも癒着がなく、どんなパッセージ内でどんな組み合わせで当たっても同じような敏捷さで動かすことができたことと思われる。フーガやカノンのように、1本の手の中で複数の声部を弾きわけるためには必要不可欠な資質だ。しかし、気をつけて見ると、右手の薬指を使う場面でしばしば中指が上に重なっている。薬指がやや弱いピアニストに多く見られる症状で、無意識のうちに中指の支えを求めるのである。
 バザーナは『神秘の探訪』の中で、フランク・ウィルソンという神経科医が2000年に発表した論文を紹介している。それによると、中指と薬指がときに重なり合う症状は「局部的失調症(フォーカル・ジストニー)」に悩む演奏家に共通する特徴だという。

 フォーカル・ジストニーと言えば同じ病気で苦しんだレオン・フライシャーを思い出す。レオン・フライシャーWikipediaによれば、

レオン・フライシャー(Leon Fleisher, 1928年7月23日 - )は、アメリカ合衆国のピアニスト・指揮者。
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カリフォルニア州サンフランシスコに生まれ、4歳でピアノを学び始める。8歳でデビューし、16歳でピエール・モントゥー指揮のニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団と共演した。アルトゥール・シュナーベルにも師事した。ジョージ・セルが指揮するクリーヴランド管弦楽団と共演して、一連の記憶すべき録音を残すも、局所性ジストニアを患って1960年代に右手の自由を失った。その後、2000年代にボトックス療法によって右手が回復するまで、左手だけのレパートリーによって演奏を続けた。ベートーヴェンブラームスのピアノ協奏曲の解釈で有名である。ピーボディ音楽院で教鞭を執るかたわら、指揮も行なっている。

 数年前NHKテレビでそのリサイタルが放送された。演奏会が開かれるまでに回復したとは言うものの、バリバリの名演奏というにはまだ時間がかかりそうだった。
局所ジストニアのレオン・フライシャー(2009年12月7日)
 日本のピアニストでも同じ病気に悩んでいるという報告がある。2年ほど前の日経ニュースより、ピアニスト西村康信の事例。

盛岡市に生まれ仙台市に育つ。宮城県立仙台第一高等学校より東京音楽大学へ進み、卒業後は同大学研究科を修了。またポーランド、スイス、日本等国内外のマスタークラスでも研鑽を積んだ。第23回霧島国際音楽祭において特別奨励賞ヤマハ賞受賞。大学在学中より室内楽奏者として数多く活動しているほか、現代作品にも積極的に取り組んでいる。脳から手指への命令が正常に伝達されなくなる難病の職業性ジストニアを発症し、右手の機能に支障をきたした事に伴い、2010年春より東京から郷里の盛岡市へ拠点を移し、「左手のピアノ」作品の演奏および普及、それから両手による現代作品の演奏及び企画を中心とした新たな活動を開始した。中でも20世紀以降の作品を中心としたプログラムによるユニークなコンサートのシリーズは多くのメディアにも取り上げられ、各方面より高い評価を受けている。

 私も局所性ジストニアに悩んでいる。その報告。
手は期待する(2007年1月10日)
 で、それらの経験から、グレン・グールドを局所ジストニアと診断するには、症状が軽すぎるように思う。グレン・グールドはその病気とは無関係ではないだろうか。


グレン・グールド―未来のピアニスト

グレン・グールド―未来のピアニスト