伝説の歌手、山崎ハコ

飛びます(紙ジャケット仕様)
 桐野夏生「OUT」は弁当工場に働く主婦たちの物語だ。彼女たちの労働環境は過酷だ。ベルトコンベヤーで何千食も作らされている。私も若いころゴーンさんが赴任してくる前の自動車工場で働いたことがあるから少しは分かるつもりだ。弁当工場の方が大変そうだけど。
 自動車工場のプレス部門で1年間働いた。毎日残業も組み込まれていて10時間ベルトコンベヤーの横で同じ動作を3,000回ほど繰り返す。まさにチャップリンのモダンタイムズの世界だ。ちょっとミスするとたちまち製品が貯まってしまう。コンベヤーのラインの仲間に迷惑をかけてしまう。しかし何千回も同じ動作を繰り返しているのもシジフォスのようで空しい。途中カウンターを見るのが唯一の楽しみだった。作業回数が数字で表されているから、その進展ぶりで自分がシジフォスでないことがわずかに確認できるのだ。
 10年ほど前、「アエラ」の「現代の肖像」に山崎ハコが取り上げられた。山崎ハコといえば、1970年代のマイナーだが人気のある歌手で、中島みゆきのライバルとか、深夜放送のマドンナとか言われた伝説の歌手だった。一般に暗い歌を歌う歌手という印象がある。
 1970年代半ば頃東京阿佐ヶ谷北口に片腕のおでんの屋台が出ていたが、そのおじさんはラジカセで山崎ハコの曲だけを流していた。私も屋台をやった経験があるが、すべての屋台は堅気ではなくテキ屋である。
 山崎ハコに戻る。アエラの記事で、山崎ハコは売れない時期に弁当工場で働いていたと言っていた。回りの小母さんたちは彼女があの山崎ハコだとは誰も気づいていなかったという。何というもったいない話だろう。山崎ハコが弁当工場にいたなんて! それって、売れない時期にヤンキースの松井がコンビニで働いていたり、宮里藍がキャバクラで働くようなものではないか。
 山崎ハコが特に好きではないつもりでいたが、CDラックを見れば彼女のCDがすでに2枚あった。昔買ったLPはもう処分したが。