出版の印税にまつわる雑談を少し

 みすず書房の元重役の回想録を読んだことがある。題名を失念してしまったが。そこで印象的だったのは、戦後みすず書房でも小説を出版していたというくだりだった。現在みすず書房の中心は人文書、とくに社会学や哲学、歴史などではなかったか。なぜ小説の出版をやめたのか。
 元重役は書いている。人文書の著者は大学などの先生が多い。先生方は大学の俸給で食べているので著書の印税をあまりあてにしなくてもすむ。ところが小説家たちは印税で食べているため、早急に印税の支払いを求めてくる。それで小説の出版を取りやめたのだという。つまりみすず書房ですら印税をすぐには支払わなかったのだ。
 文藝春秋からノンフィクションを出版した友人に聞いたところ、発行翌月に印税全額が彼女の銀行口座に振り込まれていたという。岩波書店から写真に関する著書を出版した写真家も印税の支払いは翌月だったという。さすが大出版社と思ったのは、そうではない出版社が多いからだ。
 成美堂などの図鑑は奥付がカバーに刷られていて、普通「第3刷」発行などと書くところを「重版」発行などとしている。これはおそらく著者への支払いを印税扱いにしないで買い切りにしているためだろう。印税の考え方は例えば定価2,000円の本では印税が定価の10%の200円として、5,000部発行した場合の印税総額は1,000,000円となる。さらに3,000部増刷すれば増刷分の印税は600,000円となる。それに対して買い切りの場合は原稿料500,000円なら、どんなに発行部数が増えてもそれ以上の支払いはない。買い切りの場合、著者に対する発行部数の報告は必要ないため、奥付に正確な何刷りの記入も必要なくなる。
 原稿の買い切りは大手出版社でも普通に行っていると思う。そのこと自体は特に問題はないだろう。ただ買い切り扱いにされた著者はいずれも不満を漏らしていたが。
 出版社によっては、印税の支払いを実際に売れた部数に応じてというところもある。5,000部発行したが、実際に売れたのは2,500部だけだったので、その分だけの印税を支払う。また保証部数を決めておいて、仮にどんなに売れなくても保証部数分の印税は支払うというのもある。保証部数を超えて売れた場合は越えた分の印税を支払うというものだ。
 図鑑の初版が完売するまで20年かかり、それに応じて印税の支払いも20年かけた出版社もあった。谷沢永一だったかが、印刷会社には本の印刷代をすぐ支払うのになぜ著者への支払いをしぶるのかと憤っていた。世阿弥の「花」を集客力だと言いきった加藤周一のひそみに倣って言えば、出版社がなかなか印税を支払わないのは「ケチ」だからにほかならない。