香原志勢『動作』(講談社現代新書)を読む。副題が「都市空間の行動学」で、著者の専攻は人類行動学。内容を目次から見ると、
「車内にて――閉鎖移動空間の過ごし方」
「盛り場にて――分身・変身を求めて」
「会議室にて――無為のしぐさを読む能力」
「歌舞伎座にて――虚構の真実に生きる人々」
「国技館にて――実力主義の美学的発展」
「球場にて――ボール主役の人生劇」
「競馬場にて――見知らぬ国への入場券」
「店頭にて――物か値打ちか、はたやりとりか」
「レストランにて――共食性の光と影」
「病院にて――求めざる友、病との交際法」
「動物園にて――動物は人間の水鏡」
「路上にて――自由・非自由の選択」
以上なかなか面白そうだが、実はほとんどつまらなかった。「あとがき」によると、編集部から人間の諸動作を叙述するよう求められた。「さまざまな状態下の人間のしぐさ、身ぶり、癖など、いわば動作の総点検と解析を期待する」というものだった。著者は自分はその任にはそぐわないと再三再四辞退したが結局筆をとる羽目に陥ったとある。似た世界の本としては、 E. T. ホールの『かくれた次元』(みすず書房)がある。これは人間や動物が他者との距離をどうとるかというもので極めて面白かった。まあ、ホールと比較するのは酷というものだが。
本書のなかでは「レストランにて」の「席選びの行動学」が面白かった。
レストラン、酒場、喫茶店に入ったさいどこの席を選ぶかで、その人の性格や人となりがある程度推測できる。同一条件の場合、一般に日本のインテリは左右どちらかの壁際の席を選ぶ。そこは人目につかない割に、店の様子を見るには都合のよい場所であり、批評家の席でもある。しかし、店の者から無視されることをいやがり、殊に註文品が届くのがおくれると、しばしば立腹する。
自己顕示的な人は中央の席を占める。他人には無関心、他人から見られても平気な人の席である。この席で数人が大声で談笑すれば、店の雰囲気が一変する。註文品がおくれるなどとは考えてもみない。いわゆる米国人好みの席である。
奥の席には決断力の鈍い人が集まる。どこに坐るか決められないうちに最奥に到達した結果である。奥の院なればこそ目立つ席だが、ご本尊は案外精彩がない。註文品がおくれても、じっと耐え忍ぶ。
入り口近くの席には場なれしない人が坐る。店に入って、早く落ち着こうとして、ごく手近な席に腰をおろしてしまうのである。そこは出入りが激しくて落ち着かず、外科医の影響を受けやすい。
じっさいは、混雑のため、好みではない席にいたし方なく坐ることが多い。そういう席は居心地が悪い。一方、見はらしのよい席、人気(ひとけ)の少ないあたりの席が好まれ、トイレの脇や、団体客のそばの席は嫌われる。したがって、店に入ってまもなく、他によい席があくと、ただちに移動がはじまる。
1986年発行の少々古い本。

- 作者: 香原志勢
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1986/05
- メディア: 新書
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