ヒノギャラリーの松本陽子 新作展を見る

 東京八丁堀のヒノギャラリーで松本陽子 新作展が開かれている(6月3日まで)。松本は東京生まれ、1960年東京藝術大学油画科を卒業している。1991年に国立国際美術館で個展を、2005年に神奈川県立近代美術館鎌倉で二人展、また2009年に国立新美術館でも二人展を開いている。

 ギャラリーのホームページより、

松本作品の代名詞ともいえる朦朧とした画面が特徴的なピンクのアクリル画を経て、2005年より取り組み始めたのがグリーンの油彩画です。松本はそれをドローイングの延長線上にあると位置づけ、時に大掛かりなドローイングと語ったりもしています。作品に木炭とオイルパステルがふんだんに用いられていることもそれを示唆しますが、作家が理想とする絵画は既述に加え、常に自身の意に反し、精神を超えていくものでなくてはならないといい、つまり、松本の絵画には構想や下絵、まして具体的な対象物は存在せず、実際に描くという行動とそれにより表出するものへの瞬発的な働きかけによって画面が成立しています。(後略)


 なお、現在、東京都現代美術館で開催中の「MOTコレクション 皮膜虚実/Breathing めぐる呼吸」にも、館が所蔵する松本陽子の作品が展示されている(6月18日まで)。

 その解説には次のように書かれている。

(……)作者はカンヴァスを床に平らに置いて、その四方から薄く溶いた絵具を撒き、拭き取り、再び絵具やメディウムを擦り込んでいく。絵具は透明感が生かされ、その物質性は強調されない。(中略)松本陽子は、マティスやフランケンサーラーといった色面の広がりを重視する作品を咀嚼し、一貫して独自の抽象絵画を描き続けてきた。しかしその作風は中国南宋時代水墨画牧谿のような、充溢する湿潤な大気を描いた東洋絵画の系譜にも連なっている。

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松本陽子 新作展

2023年5月8日(月)-6月3日(土)

11:00-18:00(土曜日17:00まで)日曜・祝日休み

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ヒノギャラリー

東京都中央区入船2-4-3 マスダビル1階

電話03-3537-1151

http://www.hinogallery.com

JR線・地下鉄日比谷線「八丁堀」駅A2番出口より徒歩5分

地下鉄有楽町線新富町」駅7番出口より徒歩5分

 

 

ギャラリー58の中村宏展を見る

 東京銀座のギャラリー58で中村宏展「戦争記憶絵図」が開かれている(6月3日まで)。中村は1932年静岡県浜松市生まれ、日本大学芸術学部美術学科に学ぶ。現在90歳になる。初めルポルタージュ絵画という社会的な絵画を描く。弱冠23歳で絵画史に残る砂川基地闘争を描いた傑作「砂川五番」を描いている。それはリアリズムとは異なり、シュールレアリズムの傾向を帯びていた。さらにモンタージュの技法を取り入れ、列車や飛行機、女学生などを組み合わせた不思議な画面を作っていく。

 ギャラリーのホームページから、

 

1945年、基地や軍需工場が集中していたために甚大な被害を受けた浜松で、中村宏は敗戦を迎えます。当時12歳だった中村は、毎日のように繰り返される爆撃の恐怖に晒され、浜松大空襲で赤く炎上する街をただ震えながら見ていたと言います。中村の戦争体験は、武装して戦場で闘う兵士とは違い、ただ逃げることしかできない、命を守る戦いでした。

中村は戦後ルポルタージュ絵画の第一人者として、絵画表現を通して社会と向き合い、砂川基地闘争の現場を描いた「砂川五番」や、太平洋戦争末期の沖縄戦の悲劇を主題にした「島」、ジラード事件を告発した「基地」などを1950年代に発表してきましたが、これまで自身の戦争体験を描いたことはありませんでした。

敗戦から78年のいま、中村少年が目撃した戦争をルポルタージュ絵画として描き、世に問いかけます。本展では新作「空襲 1945」「機銃掃射 1945」「艦砲射撃 1945」と空襲の記憶を描いたドローイングを発表します。

中村は女学校創始者の家に生まれ、学校の敷地内に住んでいたので、セーラー服の女学生は日常の風景でした。中村は長年にわたって、冷たく暗い表情をしたセーラー服の少女たちを描いてきました。その理由についてこれまであまり語ってきませんでしたが、このたびの個展を目前にして「戦時下に軍需工場で働く女学生や、空襲で逃げる子供たちの、恐怖や絶望、怒りの表情を思い出しながら描写したものだ」と告白しています。中村の作品には、どこか暗く不穏な気配が漂っています。その根底には戦争体験があり、「これまで私が描いてきた作品は、全て戦争画とも言える」と語っています。

 

「空襲1945」

「機銃掃射1945」

「艦砲射撃1945」


 繰り返すが、中村はわずか23歳で戦後絵画史に残る「砂川五番」を描いている。山下菊二の「あけぼの村物語」と併せてルポルタージュ絵画の双璧だろう。その中村の初めての戦争画だという。見逃すべきではないだろう。

 なお、会場には戦争中に中村が拾ったと言う当時の米軍の機銃の弾丸と薬莢が展示されている、弾丸は直径10ミリくらいもあり、これに当たったら体は千切れるのではないかと思った。

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中村宏展「戦争記憶絵図」

2023年5月16日(火)-6月3日(土)

12:00―19:00(土曜日は17:00まで)日曜休廊

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ギャラリー58

東京都中央区銀座4-4-12 琉映ビル4F

電話03-3561-9177

http://www.gallery-58.com

 

 

靖山画廊の田端麻子展を見る

 東京銀座の靖山画廊で田端麻子展「拭くと汚くなる」が開かれている(5月19日まで)。田端は1972年神奈川県藤沢市生まれ、1996年に多摩美術大学油画専攻を卒業している。DM葉書には「昨年ニューヨークで展示された田端麻子の作品は、予想を上回る評価を得て現地に受け入れられました」とある。

ぜんぶ忘れちゃう

帰りたい

くらやみ

右の大きな作品は「拭くと汚くなる」


 いつもの漠然とした不安を描いたような田端の世界が並んでいる。色彩はひと昔前の日本の近代洋画を思わせるような印象だ。きわめて独特な世界を作っている画家で、あまり似た画家が思い当たらない。とてもユニークな画家なのだ。

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田端麻子展「拭くと汚くなる」

2023年5月12日(金)-5月19日(金)

11:00-19:00(土・日・最終日は17:00まで)会期中無休

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靖山画廊

東京都中央区銀座5-14-16 銀座アビタシオン1F

電話03-3516-7356

http://www.art-japan.jp

地下鉄東銀座駅4番出口から徒歩3分

歌舞伎座正面の路地をすこし入ったところ

 

 

 

持田叙子 編『安岡章太郎短篇集』を読む

 持田叙子 編『安岡章太郎短篇集』(岩波文庫)を読む。持田が選んだ安岡章太郎の短篇集。31歳で発表した「ガラスの靴」から58歳の「猶予時代の歌」までの14篇が収録されている。

 安岡章太郎は昔何かを読んだけどあまり感心しなかったので、以来読んだことがなかった。今回荒川洋治が本書について、文章が素晴らしいと書いていたので手に取ってみた。処女作の「ガラスの靴」が何とか読めたけど、他の短篇はようやく義務的に読んだのだった。

 安岡が属する第三の新人は、安岡のほかに吉行淳之介遠藤周作阿川弘之三浦朱門小島信夫庄野潤三などだが、私が好んで読んだのは吉行淳之介だけだった。遠藤周作は『沈黙』だけ読んだが、それ以上読む気はしなかった。

 庄野潤三は兄の庄野英二の『星の牧場』は好きだった。