若桑みどり『イメージを読む』を読む

 若桑みどり『イメージを読む』(ちくまプリマ―ブックス)を読む。副題が「美術史入門」。1991年に北海道大学で5日間の集中講義を行った。その講義を元に仕上げたのがこの本だった。

 取り上げた作品は4点。ミケランジェロシスティーナ礼拝堂の天井画、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、デューラーの「メレンコリアI」、ジョルジョーネの「テンペスタ(嵐)」、これらについて実に詳しい解説が加えられる。知らないことばかりで驚いた。イメージの中に隠された意味について深いところまで教えてくれる。

 「モナ・リザ」について、

 

 この女の人が笑っているのは「聖アンナ」の笑いであって、あなた方は何も知らない、私が知っているのは本当の真実だ。この世は確実に水か火によって滅びる。それは自らの運命によって滅びる。四元素の必然の運命によって地球は動き、そして絶え間なく老いていき、やがて終末をむかえる。これはすべての人間の運命であると同時に地球の運命でもある。つまりすべてを知るものの笑いであるというふうに、私はフマガッリやクラークとユイグの説を総合して思います。

 

 デューラーの「メレンコリアI」は謎だらけの作品だ。キーファーも画面中の不思議な立体を鉛で作っていた。瀬木慎一による新説を講演で聞いたことがあった。

 ジョルジョーネの「テンペスト」も不思議な作品だ。印象派以前は作品に意味を込めていた。印象派は意味を捨ててあるがままの自然を写し、モダニズムはただ造形の美のみを追求した。絵は本来何か意味を描いたものだったことを忘れがちだった。そのことに気付かせてもらった。

デューラー「メレンコリアI」

ジョルジョーネ「テンペスタ(嵐)」

 

 

 

アートコンプレックスセンターの谷口ナツコ展を見る

 東京新宿のアートコンプレックスセンターで谷口ナツコ展「美しいこの世」が開かれている(11月27日まで)。谷口は1968年北海道生まれ。今までギャラリー砂翁、デザインフェスタギャラリー、ヴァニラ画廊、スタジオ・ゾーン、アンド・ゾーン、ギャラリー・テオなどで個展を開き、また海外では香港、イタリア、台北、北京、シンガポールアメリカなどのグループ展に参加している。クリスティーズにも出品され、国際的な画家となっている。2016年以降、2018年、2020年と、この場所での個展は4回目2年ぶりとなる。


 メインの展示は4×19=76枚の正方形のパネルでできている。これを1枚でも販売する。1枚が27,500円(税込)だ。すると、この形で全体が見られるのは会期中だけとなる。この値段だと分売されるのは確実だろう。ぜひギャラリーに足を運んで全体像を見てほしい。

 画像を見ても分かる通り谷口は天才である。谷口はトレーシングペーパーを円錐形にしたものに絵具を充填し、先端の穴から絵具を絞り出し、凸状の点描法で描いている。さらに原色を多用し、その色彩の見事さと点描で描かれたイメージが画面を覆いつくす画風はほとんど他に類を見ない。



 ほかにも谷口ワールドが並んでいる。非凡な谷口の世界をぜひ体験してほしい。

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谷口ナツコ展「美しいこの世」

2022年11月15日(火)―11月27日(日)

11:00-19:00(最終日17:00まで)11/21(月)は休廊

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アートコンプレックスセンター

東京都新宿区大京町12-9

電話03-3341-3253

http://www.gallerycomplex.com

JR総武線信濃町駅より徒歩7分

地下鉄丸ノ内線四谷三丁目駅出口1より徒歩7分

左門町の交差点を入るが、信濃町から来たときは左折、四谷三丁目から来たときは右折となる。注意したいのは左門町の交差点は近接して同名で2つある。信濃町に近い方の交差点を入ること。

 

コバヤシ画廊の野沢二郎展を見る

 東京銀座のコバヤシ画廊で野沢二郎展「nebulae/朧」が開かれている(11月19日まで)。野沢は茨城県生まれ、1982年に筑波大学大学院を修了している。これまで「VOCA展'97」や同年の「バングラデシュ. アジア美術ビエンエーレ」に参加し、2012年はDIC川村記念美術館の企画展「抽象と形態」にも選ばれた。ここ銀座のコバヤシ画廊では2000年以降毎年個展を開いている。



 今回の個展の大作2点は割合穏やかな印象だが、それよりやや小さい作品3点はかなり激しい。穏やかな印象の大作は野沢の手の内のような作風だと思われるが、激しい作風の作品に惹かれた。

 最近ではこのような抽象作品を描く画家が少なくなってきたのではないか。毎年野沢の展開を楽しみにしてもいるのだ。

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野沢二郎展「nebulae/朧」

2022年11月14日(月)-11月19日(土)

11:30-19:00(最終日17:00まで)

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コバヤシ画廊

東京都中央区銀座3-8-12 ヤマトビルB1

電話03-3561-0515

http://www.gallerykobayashi.jp/

 

 

かわかみ画廊の川城夏未展を見る

 東京北青山のかわかみ画廊で川城夏未展が開かれている(11月19日まで)。川城は神奈川県生まれ、1992年女子美術大学芸術学部絵画科洋画専攻卒業、1995年東京藝術大学大学院美術研究科油画修士課程を修了している。2017年には損保ジャパン日本興亜美術館の「クインテットIII―5つ星の作家たち」に選ばれている。長くOギャラリーで発表してきた。数年前から赤い色面の中にわずかな色の濃淡で図形が描かれるようになってきた。

 川城の言葉、

 

存在はそこに在ったとしても無かったとしても/近くにあるのか遠くにあるのか/ただそれだけの事の気がする。

空を見上げている自分がここに居て夜空には星が静かに瞬いていた。

近くにあることと遠くにあること/をテーマに、内側からしか開けられない鍵を探しながら描いていました。

 



 川城は油彩と蜜蝋とパステルで描いている。ほとんど赤一色のなかに微妙な濃淡を施し、時に微かに植物などが描かれたりもする。とても繊細な絵画だ。川城の小品を玄関に飾れば上品な印象を与えるだろう。

 画廊は外苑前駅表参道駅の中間で、青山通りに面したマクドナルドがあるビルのちょっと奥まった1階にある。オリンピックという自転車屋の間の通路を直進した左側。

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川城夏未展

2022年11月5日(土)―11月19日(土)

13:00-19:00(最終日18:00まで)月曜休廊

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かわかみ画廊

東京都港区北青山3-3-7 第一青山ビル1F

電話03-6447-2328

http://galeriekawakami.com

 

 

白井聡『未完のレーニン』を読む

 白井聡『未完のレーニン』(講談社学術文庫)を読む。白井は、『永続敗戦論』、『長期腐敗政権』など、優れた書を書いている。本書はレーニンの思想について、『国家と革命』、『何をなすべきか』を中心に極めて詳細に読み解いている。原本は一ツ橋大学大学院の修士論文として書かれたものだという。レーニンに沿って革命の可能性が肯定的に綴られる。その精密な論理は見事なものだ。

 修士論文ということではそれ以上求めることではないだろうが、ソ連が崩壊した今、レーニンの目指した方向が後継者スターリンによって醜く歪められたとは言え、そのままレーニンを肯定することは大方の説得力を持たないのではないか。ソ連建国の根本的な問題を洗わなければならないのではないか。

 本題から少し外れるが、ユダヤ教キリスト教の関係について、フロイトウェーバーの言説を紹介している一節が興味深かった。

 

フロイトにとって、ユダヤ人とはキリスト教を受け入れなかった人びとの別名である。そして、キリスト教とは「息子たる者が、父なる神に取って代わってしまった」宗教であり、そこでは「まさしく、先史時代にすべての息子がそれぞれ熱望していたことが起こった」とされる。なぜなら、息子が父なる神の地位へと上昇したからであり、これはトーテミズムによる「欲動断念」が解除されたことを意味する。

(中略)

 ちなみに、ユダヤ教キリスト教との関係についての以上のようなフロイトの見方は、精神分析に特有の用語とフロイト特有の宗教発展観を取り払ってしまえば、別段奇を衒った特殊なものではない。ウェーバーはつぎのように言っている。

 「厳密に「一神教的」であるのは、煎じ詰めればユダヤ教イスラム教だけであり、このイスラム教ですら、のちに浸透した聖者崇拝によっていくぶん弱められている。キリスト教の三一論は、ヒンドゥ教や後期仏教や道教の三一論における神の三身論的把握とは違って、ひとり本質的には一神教的なはたらきを示しているが、他方ではカトリックのミサ儀礼や聖者崇拝は事実上多神教にきわめて近づいている。」

 したがって、フロイトが見出すユダヤ教の特質とは、宗教の起源に内在するトーテミズム的モメント、すなわち偶像崇拝と神強制(=魔術)へとつながるモメントを徹底的に排除しようとする傾向である、と言うことができる。

 

 白井聡の本はこれからも読んでゆきたい。