JCIIフォトサロンの鬼海弘雄作品展「王たちの肖像」を見る

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  東京千代田区一番町のJCIIフォトサロンで鬼海弘雄作品展「王たちの肖像」が開かれている(8月2日まで)。鬼海は浅草の浅草寺境内で待っていて、気に入ったモデルが来ると声をかけて写真を撮らせてもらっている。しかし鬼海の気に入るモデルはめったにいないみたいで、ほとんど撮らないこともあるようだ。なぜ鬼海の気に入ったモデルが少ないかと言えば、写真集を見ればよく分かる。普通の人は撮っていない。何か変わった人、おかしな人、どこか異常な人ばかりだ。使っているカメラはハッセルブラッド、それに白黒フィルムを詰めている。

 以前『ペルソナ』という写真集に鬼海が書いていた。

 

 

 浅草寺にくると、いつも3時間ほど境内をうろついたり佇んだりしている。だが、写真を撮らせてもらうのは1人か2人だ。話しかけて撮影を頼む人もわずかで、ほとんどの時間は往き来する人をただ眺めているだけだ。しかし一向に退屈を覚えないのは、それぞれの人生物語をいっぱい背負ったような人が多く、想像力を刺激し、たくさんのドラマを語っていくからだろう。

 

 

 

 鬼海の写真のキャプションも面白い。やはり大事な情報が省かれている印象がある。と同時にある種の本質を突いているとも見える。ギャラリーで図録を販売していたので、そこから2ページ分のキャプションを抜き出して紹介する。

 

「日本舞踊の師匠」

「物静かな労務者」

「夏に重ね着で玉の汗をかくおとこ」……女だと思ったら女装してるんだ!

「ひとを待つ婦人」

 

「鳶の頭」……頭だけあって風格がある

「寿司屋では玉(ぎょく)だけを食べるという旅役者」……役者だけあっておしゃれだ

「ラジオ体操会のメンバーだというプラスチック型抜き工」

「建築解体作業人」

 

 このほか、面白いキャプションを拾ってみる。

「郊外の町のキャバレーの従業員」、「コルク製のジャケットとリボンの犬」、「50円硬貨をネックレスにしているアパッチと呼ばれる男」、「預金通帳を見ていた女性」(男かと思った)

 JCIIフォトサロンは日本カメラ博物館内にあり、東京メトロ半蔵門線半蔵門駅4番出口から徒歩1分のところにある。裏手は英国大使館だ。

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鬼海弘雄作品展「王たちの肖像」

2020年6月30日(火)―82日(日)

10001700(月曜休廊)

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JCIIフォトサロン

東京都千代田区一番町25番地 JCIIビル1

電話03-3261-0300

https://www.jcii-cameramuseum.jp/

 

 

TAVギャラリーの「ノアの安産祈願展」を見る

 東京阿佐ヶ谷のTAVギャラリーで「ノアの安産祈願展」が開かれている(7月12日まで)。出品作家は、生須芳英、村井祐希、名源、山縣瑠衣、笹岡由梨子。
 生須は1996年群馬県生まれ、2014年多摩美術大学中退。村井は1995年横浜市生まれ、2017年多摩美術大学絵画科油画専攻卒業。明源は1989年東京生まれ、現在横浜国立大学大学院博士課程在学中。山縣は1997年長野県生まれ、現在東京藝術大学大学院油画専攻在学中。笹岡は1988年大阪生まれ、2017年京都市立芸術大学博士課程満期退学。
 ギャラリーのホームページから、

来る世界的乱世をノアの方舟に登場する「大洪水」に見立て、アフターコロナの時代の芸術家たちによって制作される創造物を、ノアが文明の再建を求め方舟から飛ばした「鳩(ハト)」に見立てる。従来の神話は、鳩はオリーブの葉を加えて方舟に戻り、文明の再建がまだ可能である事をノアに知らせた。現在に於いて、芸術作品が接続する先 = オリーブの葉の代替になるものとはなにか。本展のメインビジュアルが、銀装飾の某ブランドイメージを借用しているのは、屈託しきった資本主義に対するアイロニーであって、経済合理性を除いた、芸術運動の成立が可能かどうかを、私自身が試行していた他ならない。

 笹岡が目的でこのTAVギャラリーへ行ったのだった。笹岡はソ連軍の兵隊に扮してそれぞれ空軍、陸軍、海軍の扮装をして動画を作っている。またレーニンの遺体に扮して歌っている。

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 山縣はノアの方舟の男女や「Grabe on me」と書かれたレリーフ、クネクネとした立体作品を展示している。

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 生須は「絵画の地平線 / 祝宴に於ける絵画」と題したデジタルペインティングを出品している。

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 村井と名源の作品は撮影するのを忘れてしまった。
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「ノアの安産祈願展」
2020年6月26日(金)-7月12日(日)
13:00-20:00(水・木曜休廊)
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TAVギャラリー
東京都杉並区阿佐ヶ谷北1-31-2
https://tavgallery.com/
JR中央線阿佐ヶ谷駅北口から徒歩5分、中杉通りを北上し右側の路面店

 

ギャルリー東京ユマニテの木村太陽展を見る

 東京京橋のギャルリー東京ユマニテで木村太陽展「ペインティング&立体」が開かれている(7月22日まで)。ギャラリーのホームページから、

木村は1970年生まれ。創形美術学校研究科卒業後から間もなく作品を発表し、2000年以降はドイツ、アメリカ(ニューヨーク)を拠点にヨーロッパ、アメリカなど国内外で活躍。何気ない日常の中で出会う些細な違和感や、存在意識の中に隠れる感覚を独自のユニークな手法で作品に構築していきます。
可愛らしい白クマのぬいぐるみから聞こえる怪しげな笑い声、整然と並んだ牛乳パックの中には満員電車さながらの人たち、ページをめくったファッション誌からはおびただしい女性の視線など、木村は当初から立体、インスタレーション、映像と多様なメディアを駆使して発表してきました。一見、シュールでブラックユーモアのような印象を受けるその表現からは、知らず知らずのうちに身体の隅々にこびり付いた習慣や感覚が表出され、拒否反応とともに見るものの深層心理をあぶり出します。

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 木村の個展を初めてみたのは、このギャルリー東京ユマニテの前の前に同じこの場所で営業していたギャラリー山口だった。また小山登美夫ギャラリーで木村のビデオを販売していたこともあった。たくさんのトランジスタラジオから伸びている何十個ものイヤホンを口いっぱいに頬張って電話したり、カレーライスで顔を洗ったりしていた。数年前に小林画廊のグループ展に参加したときは、シュレディンガーの猫と題する作品を出品していた。引出を開けるとパチンコ玉が猫の顔になったり、次はバラバラになったりする高度なユーモアを表わしたオブジェだった。
 今回もガスマスクから無数の小さな棺桶が吐き出されている立体や、くるくる回っている碗状の入れ物に錠剤に見立てた丸い球が水面に浮かんでいる。現代の薬漬けの風潮を批判したもののようだ。ブラックユーモアと鋭い批判、遊び心たっぷりの魅力的な作家なのだ。
 ネットで見て済ますのではなく、直接ギャラリーへ足を運んで実物を見てほしいと木村は言う。会期が長いのでぜひ会場へ行ってみられることをお勧めする。
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・ncaで木村太陽展が始まった(2012年9月20日
https://mmpolo.hatenadiary.com/entry/20120902/1346563607

・おかしなおかしな木村太陽展(2009年1月22日)
https://mmpolo.hatenadiary.com/entry/20090122/1232554520

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木村太陽展「ペインティング&立体」
2020年7月2日(木)-7月22日(水)
10:30-18:30(日曜日休廊)
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ギャルリー東京ユマニテ
東京都中央区京橋3-5-3 京栄ビル1F
電話03-3562-1305
https://g-tokyohumanite.com
警察博物館LIXILビルの間を入った右手

古賀太『美術展の不都合な真実』を読む

 古賀太『美術展の不都合な真実』(新潮新書)を読む。これがとても興味深い内容だった。古賀は元朝日新聞の事業部で美術展の企画をしていた。その体験をもとに美術展の裏事情を書いている。そのあたりのことは一応知っているつもりだったが、私の知識なんかわずかなものだったことを知らされた。
 世界の美術館を1日当たりの入場者数で見ると、多い順で日本は毎年2、3本がベスト10に入るが、美術館全体では国立新美術館がやっと20位前後にランクするくらいだ。これは日本の展覧会が世界的に見ても混んでいることを意味する。そして日本が企画展で集客していることを指している。企画展でないのが常設展で、ルーブル大英博物館も企画展でなく常設展で客を集めている。
 日本の美術館でも東京国立近代美術館東京国立博物館は収蔵品が充実していて常設展のレベルが高いが、企画展を見に来た客はほとんど常設展に足を運ばない。企画展というのはゴッホ展とかマネ展、××美術館展と名づけられたもので、たいてい新聞社などが主催している。これらを企画するには多額の費用がかかり、それを回収するためには何十万人も集客しなければならない。都道府県立美術館にはそれだけの予算はないし、集客力もない。それで戦後から新聞社が企画して開催してきた。その後テレビ局が加わり、電通など広告代理店が企画から参加するようになった。大宣伝で集客し収益を上げている。
 1994年に国立西洋美術館で開かれたバーンズ・コレクション展が画期になったという。アメリカのバーンズの収集品を読売新聞社が借りて開催したものだ。借用料5億円を支払ったが107万人を超す入場者を集めて評判になった。あまりの入場者の数で美術館のトイレが限界を超えて故障してしまったと聞いている。私も雪の降った朝、今日は空いているだろうと思って開館時間30分前に行ったが、もう何十人も並んでいた。しかし、ここでスーラを見て、それまで図版でしか知らなかったスーラの大きな作品が本当に素晴らしいことに初めて気づかされたのだった。
 これから××美術館展が儲かることに気付いて、それからこの種の展覧会が増えていった。これはセザンヌ展のような個展と違って、作品を集めるために世界各地の美術館と個別に交渉する必要がなく、1館とだけ交渉すれば良いのでやりやすいのだという。
 日本の美術館は企画展に偏重してしまっていて、しかも予算規模が膨らんでいて館外の新聞社やテレビ局、広告代理店に頼る体質になってしまっている。自前の企画を学芸員が構想するゆとりがなくなってしまってきた。古賀は観客がもっと常設展に足を運ぶべきだという。
 私も常設展が好きで、東京国立近代美術館東京都現代美術館などの常設展にはよく足を運んでいる。古賀が勧めるのは他に、国立西洋美術館東京国立博物館東京藝術大学大学美術館、三菱一号館美術館サントリー美術館などだ。千葉市美術館や横浜美術館世田谷美術館東京都写真美術館も評価が高い。
 東京オペラシティアートギャラリーは、企画展示のほかに別室で常設展を開催している。それは寺田小太郎コレクションで、興味深い日本近代美術が並んでいる。特に難波田龍起のコレクションは300点を数え日本でも一番となっている。以前は企画展のチケットを買わなければ常設展が見られなかった。それで寺田さんに直訴して常設展だけのチケットを作ってもらった。200円だった。しかし昨年寺田さんが亡くなって、今年から常設展だけのチケットが廃止された。常設展だけを目当ての客は1日10人程度だったというから、効率からいえば仕方ないのかもしれない。
 実は本書について、ちょっと際物ではないかと手を出さなかったのだが、アートソムリエの山本冬彦さんから勧められた。実に有意義な読書だった。

 

 

 

美術展の不都合な真実 (新潮新書)

美術展の不都合な真実 (新潮新書)

  • 作者:古賀 太
  • 発売日: 2020/05/15
  • メディア: 新書
 

 

 

 

ギャラリーテムズの上野明美展を見る

 東京武蔵小金井のギャラリーテムズで上野明美展が開かれている(7月12日まで)。上野は京都府生まれ、1983年に嵯峨美術短期大学洋画専攻を卒業している。1995年に当時銀座3丁目にあったギャラリー21+葉アネックスで初個展を行った。その後さまざまな画廊で個展を開き、二紀展では何度も受賞したが、2007年には特に女流画家奨励佐伯賞に選ばれている。そして2008年文化庁からイタリアのフィレンチェへ、フレスコ画を学ぶために海外派遣された。
 イタリアから戻って華やかな色彩と鳥や聖人のようなイメージが加わった。それが今回また少し変わっていた。暗いような重たい画面でトルソのような省略された人体が描かれている。上野の表現がまた一歩深まったと感じた。

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 ギャラリーテムズはJR中央線武蔵小金井駅南口を南下、前原坂上交差点から斜め右の細い坂道を下り、道なりに進むと右手にギャラリーテムズの看板がある。駅から徒歩8分。坂道は質屋坂と名前があるが、武蔵野台地の崖線である「はけ」である。大岡昇平の『武蔵野夫人』で有名になった。
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上野明美
2020年7月2日(木)-7月12日(日)
11:00-17:00(火曜、水曜休廊)
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ギャラリーテムズ
東京都小金井市前原町3-20-2
電話042-384-3694
http://www.gallery-tems.com