北大路公子『苦手図鑑』を読む

 北大路公子『苦手図鑑』(角川文庫)を読む。脱力系エッセイというのだそうだ。裏表紙の惹句から、

電話でカジュアルに300万の借金を申し込まれ、ゴミ分別の複雑さに途方に暮れ、扇風機との闘いを放棄し、食パンの耳に翻弄される……。キミコさん(趣味・昼酒)の「苦手」に溢れた日常を無駄に繊細な筆致で描く。

 なるほど、そこそこ楽しめたのだが、太宰治の『人間失格』の一節を思い出してしまった。

 その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました。
「ワザ。ワザ」
 自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。

 わざとらしさを感じて、手放しで面白がる気持ちにはなれなかった。

 

 

苦手図鑑 (角川文庫)

苦手図鑑 (角川文庫)

 

 

 

 

世界最小というアートコンプレックス「文華連邦」がオープンした

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 東京墨田区に先月(7月)、世界最小というアートコンプレックス「文華連邦」がオープンした。そのオープン記念展「Good Morning Japan-おはようにっぽん」が7月27日から今日(8月4日)まで開かれていた。

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 文華連邦はアートコンプレックスを自称するとおり、わずか4坪のスペースに7つのスペースが共同運営し、それぞれ交替で企画を行うという。そのホームページの案内より、

文華連邦は、4坪一間の小さなホワイトキューブに複数のスペースが入居する、世界最小のアートコンプレックス。それぞれのスペースが展示やイベントを企画するため、その都度スペース名が変わります。

 もともとこの場所はドマトトコというスペースの跡地で、東京都墨田区文化1-12-10となっている。裏手が数年前にオープンしたあをば荘で、徒歩数分の近くにはTOWEDやFloatなどがある。
 若い作家たちが自主企画でどんな作品を見せてくれるのか注目していきたい。
     
文華連邦
東京都墨田区文化1-12-10青葉壮103
http://bunkaunion.com/

 ※文華連邦の最寄り駅は東武スカイツリー線の曳舟駅東武亀戸線の小村井駅で、それぞれ徒歩15分、徒歩10分ほど。

 

岡村秀典『鏡が語る古代史』を読む

 岡村秀典『鏡が語る古代史』(岩波新書)を読む。中国の前漢の頃から後漢三国時代~晋の建国頃までの古代の銅鏡の精密な歴史を辿っている。それは驚くほど詳細を極め、2000年以上もの過去の鏡の製作者たちとその流れを追っている。
 いままで古代の銅鏡の歴史なんかを書いた日本の本は、多く邪馬台国の鏡について研究するものだった。卑弥呼が魏帝から与えられたとする100枚の銅鏡を三角縁神獣鏡とすると、それが多く出土している近畿が邪馬台国になり、それに対して邪馬台国九州説は三角縁神獣鏡を日本で作られたものだと主張する。
 ところが本書は中国古代の鏡の歴史を中心にもってきて、その勢作集団や流派などを追及している。ここまでそれが詳細に語られるのかと圧倒された。
 しかし最後の30ページほどでようやく卑弥呼が与えられた銅鏡100枚について触れられる。そして三角縁神獣鏡について、魏が特注して卑弥呼に贈ったものだと結論づけている。そのことに十分納得するものではなかったが、本書の目的は古代中国の銅鏡の歴史を描くことが主目的であって、卑弥呼が与えられた銅鏡に触れるのは、販売を重視する出版社の要請によるものではないかと思われた。銅鏡の歴史について優れた達成であると言えるのではないか。

 

 

鏡が語る古代史 (岩波新書)

鏡が語る古代史 (岩波新書)

 

 

西東三鬼『俳愚伝』を読む

 西東三鬼『俳愚伝』(出帆社)を読む。正確な書名は『神戸・続神戸・俳愚伝』というのだが、「神戸・続神戸」は先日新潮文庫で読んだので、それ以外の収録作を読んだ。
 西東三鬼は戦前京大俳句会で特高に連行されて検挙され、起訴はされなかったものの不起訴ではなく、起訴猶予という扱いで釈放されたが、2年間は保護観察の監視を受けることになった。執筆も禁止された。
 三鬼の俳句の何がいけなかったのか。1927年モスクワのコミンテルンは「日本に関するテーゼ」を決定した。コミンテルンは日本の共産主義文芸の基礎はプロレタリア・リアリズムによるべきことを決定した。その結果、特高にとって、「リアリズム」という言葉を使うだけで「それはコミンテルンの支持を伝播拡大した」ことになるというのだ。
 しかし三鬼は以前、リアリズムを態度と手法に分け、態度のリアリズムは俳句を階級闘争の場に限定するからと批判し、俳句におけるリアリズムは手法にとどまると書いていた。にも関わらず警察本部はそれを「リアリズムを否定する擬態をもって、大衆の注意を喚起したのだ」と決めつけてきた。
 三鬼は歯科医師だったが、患者たちから勧められて30歳を過ぎてから俳句を作り始めた。以来俳句に没頭し、仕事も家族もなげうって俳句の道に突き進んだ。そして京大俳句の仲間と新興俳句にのめり込み、特高の弾圧にあった。それからのことは『神戸・続神戸』に詳しい。
 戦後については三鬼の参加した俳句の結社のことが語られる。
 三鬼がまだ歯医者をしていた頃、歯科医師の仕事よりも、毎日交代で現れる仲間の俳人たちと俳句論などで油を売っている方を好んだが、それでも患者は一向に減らず、多い日は50人も診療したと書いている。
 このことについて、『神戸・続神戸』を紹介した私のブログに長谷見さんがコメントを書いてくれた。

西東三鬼は歯科医で、私が幼児からお世話になっていた歯科医の先生が戦前、同じ職場にいたことがあったとのこと。美男で優しく、女性には大変、モテて、斎藤先生(本名)をご指名の女の患者が多くて困ったとおっしゃっていました。

 なるほど西東三鬼はハンサムだったんだ。それで流れていった神戸でもモテまくり、癌で余命幾ばくもない母親のために孫を作ってあげたいからと子種を懇願され、その希望をかなえてあげたということがあったほど。
 とても面白く読んだ。新潮文庫はこの『俳愚伝』を単独で文庫化すべきではないか。

 

 

神戸・続神戸・俳愚伝 (講談社文芸文庫)

神戸・続神戸・俳愚伝 (講談社文芸文庫)

 

 

 

神戸・続神戸・俳愚伝 (1975年)

神戸・続神戸・俳愚伝 (1975年)

 

 

eitoeikoの石垣克子個展「基地のある風景II」を見る

 東京神楽坂のeitoeikoで石垣克子個展「基地のある風景II」が開かれている(8月4日まで)。石垣は1967年沖縄県石垣市生まれ、1991年沖縄県立芸術大学美術工芸学部美術学科絵画専攻を卒業、1997年に初個展を行い、その後県内外での個展を40回以上行っている。
 今回は「沖縄を舞台に、明るい日差しの風景に入り込む米軍基地と、東京の景観の中にあらわれる米軍施設を穏やかな筆致で描いた新作油彩画を発表」する。

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 沖縄の景観の中に見られる米軍基地は芝生に囲まれていてどこも美しい。米軍基地のある風景と知らなければ美しい風景画だ。しかしこれらの美しい風景画は沖縄の米軍基地を描いているものなのだ。そのことは大きな意味を持っている。
 それにしてもと思う。米軍基地は芝生が植栽されていてとても美しい。そのことの裏側にある意味をしっかり考えること。表層の奥を見通すこと。石垣の絵画はそのことを考える手がかりになるのではないか。
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石垣克子個展「基地のある風景II」
2019年7月15日(月)-8月4日(日)
12:00-19:00(日曜、月曜休廊)7/15、8/4は開廊
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eitoeiko
東京都新宿区矢来町32-2
電話03-6873-3830
http://www.eitoeiko.com
※神楽坂の矢来公園すぐ近く