アートスペース水音の田端麻子展を見る

 東京吉祥寺のアートスペース水音で田端麻子展が開かれている(4月13日まで)。田端は1972年神奈川県藤沢市生まれ、1996年に多摩美術大学油画専攻を卒業している。

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 田端はいつも不思議な絵を描き、また変わったオブジェを作っている。今回画廊の真ん中に立体作品が置かれている。小学生の女の子たちが20人椅子に座って手を挙げている。いや1人だけ手を挙げていない。19対1になってしまった。「多数決だから」という作品。たぶん田端は手を挙げていない少数者に加担するのだ。一人遊びをしているような子供をしばしば描いている。

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 次の大きな正方形の作品は「穴」と題されている。先月の上野の東京都美術館で開いた「人人展」にも田端は「穴」と題する小さなオブジェをたくさん展示していた。

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 色彩もひと昔前の日本の近代洋画を思わせるような印象だ。きわめて独特な世界を作っている画家で、あまり似た画家が思い当たらない。とてもユニークな画家なのだ。
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田端麻子展
2019年4月5日(金)-4月13日(土)
13:00-19:00(最終日は17:00まで)
会期中無休
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アートスペース水音(みずのおと)
東京都三鷹市井の頭4-3-17
電話0422-26-7507
JR中央線吉祥寺駅南口より徒歩10分
井の頭公園内・七井橋を渡り切り左折、花の教室と玉光神社の階段を上がり左側

 

ストライプハウスギャラリーの大坪美穂展「アルボス―沈黙の森―」を見る

 東京六本木のストライプハウスギャラリーで大坪美穂展「アルボス―沈黙の森―」が開かれている(4月17日まで)。大坪は1968年に武蔵野美術大学油絵科を卒業している。今まで銀座のシロタ画廊やギャルリ・プスなど各地で個展を開いていて、韓国やインドのグループ展にも参加している。一昨年にもここで個展を開いている。
 今回の個展のタイトル「アルボス―沈黙の森―」のアルボスは大坪の好きなエストニアの作曲家アルヴォ・ペルトのCD『アルボス《樹》』から採られているようだ。曲はほとんど鎮魂曲のように響く。

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 壁には観音開きの小さな祭壇のような作品がいくつも並んでいる。厚いトレーシングペーパーの端を焼いて重ね合わせているという。「プネウマ」と題されていて30年前に作った旧作とのこと。プネウマはギリシア語で、風、大いなるものの息、ギリシア哲学でエネルギー、聖なる呼吸などを意味し、キリスト教では精霊と訳すという。

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 地下の広い薄暗い空間にも同じ題名の大きな平面作品が展示されている。やはり根源的な存在から生命の息が吹き出ている様を描いているかのようだ。

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 その上のスペースは外光が入って明るく、床には黒く塗られた流木のような物体が数個転がされ、こよりで作ったような白い紐が絡められている。これらが何かの災害の犠牲者を表しているのだとしたら、その地下の「プネウマ」と題された大きなタブローから聖なるエネルギーが吹いていてひそかに癒しているのだろうか。

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大坪美穂展「アルボス―沈黙の森―」
2019年4月3日(水)-4月17日(水)
11:00-18:30(最終日17:30まで)会期中無休
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ストライプハウスギャラリー
東京都六本木5-10-33-3
電話03-3405-8108
http://striped-house.com/
※地下鉄六本木駅3番出口を上がって、喫茶店アマンドの横の芋洗い坂を下って徒歩4分ほどの左手

 

ギャラリー砂翁の葛生裕子展を見る

 東京日本橋本町のギャラリー砂翁で葛生裕子展が開かれている(4月13日まで)。葛生は1965年東京生まれ、1988年に多摩美術大学絵画科を卒業している。1986年にかねこあーとギャラリーで初個展をし、その後西瓜糖、コバヤシ画廊、藍画廊、ルナミ画廊、秋山画廊、モリスギャラリー、飯田オフィスなどで個展を行っている。

 葛生は現在数多くはない抽象画家のなかで代表的な中堅作家になっている。優れた仕事を発表し続けている。作品はしばしば上下を2分割し、静かな色面と動きのある画面の構成で制作している。

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 画廊の外から見える壁面に2×3の6面並べられた作品群がことに素晴らしい。いずれもF15号の作品だが、驚くような価格が付けられている。葛生は中堅画家でしかも作品の質はトップレベルだというのに、価格だけは新人以下なのだ。仮に6点買い占めても30万円にも達しない。油彩の小品に至っては版画家の作品より低価格なのだ。ぜひ葛生の作品をコレクションに収めることをお勧めする。

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 最近始めたという粘土で作った立体も展示してあったが、こちらはあまり面白くなかった。
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葛生裕子展
2019年4月2日(火)-4月13日(土)
11:00-18:00(最終日は17:00まで)日曜日休廊
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ギャラリー砂翁
東京都中央区日本橋本町1-3-1 渡辺ビル1F
電話 03-3271-6693
http://saohtomos.com
地下鉄(銀座線・半蔵門線三越前駅A1番出口より徒歩3分

 

 

赤坂真理『東京プリズン』を読む

 赤坂真理『東京プリズン』(河出文庫)を読む。裏表紙の惹句から、

本の学校になじめずアメリカの高校に入学したマリ。だが今度は文化の違いに悩まされ、落ちこぼれる。そんなマリに、進級をかけたディベートが課される。それは日本人を代表して「天皇の戦争責任」について弁明するというものだった。16歳の少女がたった一人で挑んだ現代の「東京裁判」を描き、今なお続く日本の「戦後」に迫る、毎日出版文化賞司馬遼太郎賞、紫式部文学賞受賞作!

 天皇の戦争責任、具体的には昭和天皇の戦争責任を小説のテーマにしている。相かわらずそれは微妙なテーマなので、赤坂はマジックリアリズムの手法でヘイト集団からの攻撃をかわそうとしたのだろうか。さらにアメリカの高校でのディベートのテーマということにして、天皇の戦争責任の追及を直接的なものから外している。あくまでディベートの問題なのだと。
 しかし本質的にはまさに昭和天皇の戦争責任を問題にしようとしているのだ。しかし現実の東京裁判ではマッカーサーを代表とするアメリカのGHQが早々に昭和天皇の戦争責任追及をしないという方針で臨んでいる。すると、そのことの是非を問うことになる。そのような手続きで昭和天皇の戦争責任が問題視されてくる。
 そのあたりのことをほとんど真剣に考えてこなかったので、小説でありながら蒙を啓かれた。これを機に戦争責任や国体のことを考えてみよう。
 なお、この文庫本の表紙の絵が夏目麻麦だった。夏目の絵については娘が安かったら父さん買いなよと言ったが、もう安くはなかった。20年前のギャラリーQでの個展だったらまだ買えたかもしれないが。

 

 

東京プリズン (河出文庫)

東京プリズン (河出文庫)

 

 

斎藤美奈子『日本の同時代小説』を読む

 斎藤美奈子『日本の同時代小説』(岩波新書)を読む。「はじめに」で、「明治以降の小説の歴史を知りたい人にとって、岩波新書中村光夫『日本の近代小説』(1954)、『日本の現代小説』(1968)は親切な入門書、かつ便利なガイドブックです。前者は明治大正の、後者は昭和の文学史です」と書いている。しかしこの2冊の最大の難点は1960年代で話が終わってしまうことだと斎藤は言う。それで1960年代から2010年代までをカバーする本書を企画したという。
 本書は作家でなく作品を中心に考えたという。目次にこの特色が現れている。
1 1960年代 知識人の凋落
2 1970年代 記録文学の時代
3 1980年代 遊園地化する純文学
4 1990年代 女性作家の台頭
5 2000年代 戦争と格差社会
6 2010年代 ディストピアを超えて
 70年代の純文学として、五木寛之の『青春の門』、井上ひさしの『青葉茂れる』、中上健次の『岬』、『枯木灘』、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』、宮本輝高橋三千綱が現れ、村上春樹が『風の歌を聴け』でデビューするのが1979年だった。
 「2000年代 戦争と格差社会」の章で、村上春樹の『1Q89』が取り上げられる。

 ジョージ・オーウェル『1984』(原著1949)を意識しつつ、オウム真理教事件や9.11への連想を誘いつつ進む物語。ではありますが、天吾とふかえりの物語は広義の「少女小説」の、青豆と柳屋敷の物語は「殺人(テロ)小説」のトレンドに乗っています。DV男は処刑すればいいという緒方夫人や青豆の認識は、復讐の仕方として最低最悪で(現実を見誤るという意味では有害ですらあります)、村上春樹がいかにこうした問題に不注意かを示しているのですが、注目すべきは、ここに「テロを肯定する思想」が流れていることです、殺人が日常茶飯事の村上龍ではあるまいし、通常の意味では連続殺人犯である女性(青豆)を主人公にするなど、かつての村上春樹ではありえないことでした。

 渡辺淳一愛の流刑地』では、売れない小説家・村井菊治(45歳)と、3人の子どもがいる主婦・入江冬香(36歳)はデートといえば村尾の部屋で性行為にふけるだけ。しかも村尾は、冬香の求めに応じ、性交の絶頂において彼女を絞め殺す。小説の後半は、村尾の獄中での妄想と法廷劇となるが、愛人を絞殺する行為が「愛」だと強調される。
村上春樹渡辺淳一までが主人公に殺害をさせ、それに肯定的な意味を持たせる。2000年代はそういう時代だったと。
 斎藤はここ60年間の小説によく目を通し、それらを詳しく読み込んで同時代小説の見取り図を提供してくれた。この海図に沿って同時代小説を読んでいけば無駄なく知りたい世界に到達できるだろう。斎藤こそ同時代小説の優れた水先案内人だ。

 

 

 

日本の同時代小説 (岩波新書)

日本の同時代小説 (岩波新書)