洋式トイレの蓋

 読売新聞の書評で飯間浩明が本田弘之・岩田一成・倉林秀男『街の公共サインを点検する』(大修館書店)を紹介している(6月6日付)。飯間は国語辞典編纂者で、新しい言葉を、新聞や雑誌、本、テレビ、SNSなどから集め、街の看板やポスター、貼紙、のぼり、道路標識などからも採集するという。

 それに関連して記事に写真が添えられていて、それが長島有里枝の「帰省」という、ここに添付した写真だ。

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 写真では洗面台のところに「トイレの水は/フタをしめて/流して下さい」と書かれている。コロナ禍に関連して、最近ウイルスの飛散を防ぐために蓋をしてトイレの水を流すようにとの注意が目立っている。

 さて、私は一時東京都住宅供給公社で都営住宅の管理の仕事を手伝っていた。新しい入居者のクレームが一番多かったのが「トイレに蓋がない」だった。都営住宅のアパートはトイレに蓋を設置していないのだった。もしどうしても蓋が欲しければ、それは自前で設置することになる。

 今まで「トイレの蓋」と書いてきた。この「蓋」について、洋式トイレの蓋は椅子なのだと株式会社喜久屋代表の柴田大成が書いている。掲載されているのは日本エッセイスト・クラブ編集『明治のベースボール ー'92年版ベスト・エッセイ集』(文春文庫)だが、初出は『室内』に載ったものらしい。『室内』は工作社が発行している雑誌で、木工業界向けの専門誌だ。それによると、

 

 欧米から遣って来た、洋式便器も、大変な間違いのままメーカーも、使用する人たちも、何の疑いもなく受入れて、昔からそうだった様におちついてしまっている。間違いも、そのまま居座ってしまえば結構その体裁を整えてしまって馴染むものである。

 洋式便器の蓋(日本では蓋と考えている)が、実は椅子の座なのである。この座面(椅子)に腰かけて、靴の紐を解き、靴を脱いだり、靴下を脱ぐためのものである。本来蓋の形状でなく、椅子の座面のように内反りのカーブになってお尻になじむ形になっているものである。

 だから靴を脱ぐ必要のない個室形式の便所には座面はない、公衆トイレ、空港のトイレにはない、バスルーム内にある便器にのみ必要なものである。

  

 まあ、私が蓋ではないと強弁するつもりはないのだが。住宅供給公社の仕事もとうに辞めているし。