古田亮『高橋由一』を読んで


 古田亮『高橋由一』(中公新書)を読む。副題が「日本洋画の父」、あの中学の美術の教科書にも載っている鮭を描いた明治の洋画家の伝記だ。「はじめに」にこんなことが書いてある。

 本書は、この《鮭》を描いた高橋由一という画家の物語である。画家の伝記というと、芸術のためにすべてをなげうった人生や、天才画家の愛と孤独などが強調されたものが多いが、残念ながら本書には芸術も愛も孤独もない。江戸から明治へ、近世から近代へと社会と価値観が大きく変動する苛酷な時代を生き抜いた、ひとりのサムライの物語だと、はじめに申し述べておこう。

 では硬くて無味乾燥した伝記を想像するが、どうしてこれがとても面白いのだ。著者古田の筆力によるものだろう。高橋由一は文政11年(1828年)に江戸で生まれている。明治維新のときは40歳になっている。初め狩野派に学び、39歳のときイギリス人画家ワーグマンに入門し、のちに来日したイタリア人画家フォンタネージにも学んでいる。
 高橋は私設の洋画の学校を作るが、明治11年に来日したアメリカ人フェノロサによって日本の洋画が否定され、フェノロサ岡倉天心を中心に日本画科のみの東京美術学校が作られる。
 その後、明治26年にフランスから帰国した黒田清輝によって東京美術学校にも西洋画科が作られる。

……長い間、日本の近代洋画は黒田にはじまるという歴史記述が定説とみなされてきた。黒田以前、つまり由一たちの時代の洋画は、江戸時代から続く「洋風画」という一段低い見なされ方をしたのである。

 そして昭和39年(1964年)美術評論家土方定一高橋由一の初の回顧展を開き、高橋の再発見をすることになる。
 現在、東京芸術大学美術館で『近代洋画の開拓者 高橋由一』の展覧会が開かれている(6月24日まで)。一度は実物の『鮭』を見てこよう。古田によれば、「由一の油絵の特徴は、(中略)写真そっくりに描かれているのではなく本物そっくりに描かれていること」だという。ぜひとも見なければならない。


高橋由一 (中公新書)

高橋由一 (中公新書)