場所が記憶する

 ギャラリーへ入っていくと知っている女性がいてお久しぶりですと挨拶した。元気そうねと返され、だが誰だったのか思い出せない。記憶を探るとギャラリーのオーナーだった人、もうそのギャラリーはない、そこまで分かったのにどこのギャラリーだったか思い出せない。それが1か月ばかり前のことだった。
 昨日京橋を歩いていて工事中のビルのところに通りかかった。入ったことのない高級フレンチのシェ・イノのあった場所。その時突然あの女性が誰だったか思い出した。シェ・イノの隣にあった小さなギャラリー「アートギャラリー京ばし」のオーナーだった人だ。場所が記憶をたぐり寄せたのだ。
 場所と記憶については同じようなことを以前も書いたことがある。(id:mmpolo:20061023)
 シェ・イノの井上氏が田中康夫に叩かれていた。「いまどき真っ当な料理店」(玄冬舎文庫)より。

 井上氏の下にいた若いシェフが同じ業界の女性と結婚式を挙げました。お金がないので会費制で、ある洋館を借りてのパーティです。ワインもテーブルワインでした。そこで井上氏は何を行なったか。シャトー・ラトゥールを6本持ってきました。テーブルの下に置いて「こんな安いワインは飲めないよな、さあこっちを飲もうぜ」と言ってラトゥールを出したのです。無論、周囲の人々に対してのみです。無名のテーブルワインが飲めないのであれば、水を飲めばいいわけです。自分の下にいた人間が会費制で行なうなら、じゃあ、ワインだけでも自分が出してあげるよ、と申し出てみればいいのです。ここに彼の全ての人間性が表れています。