資生堂ギャラリーの野村在展を見る

 東京銀座の資生堂ギャラリーで野村在展「君の存在は消えない、だから大丈夫」が開かれている(4月14日まで)。これは「shiseido art egg」の一つで、資生堂が新進アーティストを応援する公募プログラム。毎年3人が選ばれて資生堂ギャラリーで個展をし、中から一人が「shiseido art egg賞」を与えられる。今回が17回目になり、野村在が二人目となる。

 野村は1979年兵庫県生まれ、2009年ロンドン大学ゴールドスミス校MFA取得、2013年武蔵野美術大学造形研究博士後期課程修了。

 

 ギャラリーのホームページより、

創作活動を開始するモチベーションとなったのは、彼が10代で経験したふたつの「死」だ。そのひとつは、身体に障害のある家族の一人を失ったことだった。

「彼女の死をずっと受け入れることができず、自分自身が死に近づきたいと願うような危うい状態が続いていた時、実家が絵画教室をやっていた影響もあり、手を動かしてものを造ることや本を読むこと、音楽を聴くことが唯一の救いになりました。何より美術という表現があった環境に感謝しています」

本展では、彼女の遺品から発見されたという、誰にも届かず、誰にも読まれなかった手紙や日記を点字に翻訳し、ガラスの箱の内壁に施した作品『ギフト』を展示する。逆文字になるように装着された点字の言葉は解読不可能だが、強烈な光が当たった瞬間だけ正文字の影が壁に浮かび上がる。

「ギフト」

「ギフト」

 

本展では写真技法を用いた作品が2点展示されるが、そのひとつが、100年間以上の間に撮影されてきたビンテージポートレート写真を燃焼し、その光を抽出した作品『バイオフォトンはかくも輝く』だ。1903年から2023年の間に世界各地で撮影されたポートレート写真(作家の家族/祖先も含む)を収集し、それらを暗室で燃やした炎を⻑時間露光により撮影した作品である。バイオフォトンとは、生命を意味するバイオと光を意味するフォトンを組み合わされた生物学上の言葉で、蛍のように人体から生物発光される微量な光のことだと言う。

「バイオフォトン

「バイオフォトン

 

野村はこうした(阪神淡路大震災)震災の体験を経て、写真を水に印刷する写真装置を使って、亡くなった人のポートレートを水の膜に浮かび上がらせる作品『ファントーム Fantôme』を開発してきた。

「ファントーム」

 

『Untitled(君の存在は消えない、だから大丈夫)』は、旧式のコンピューターの記録メディアである穿孔テープに、人間のDNAデータを打刻し続ける作品だ。天井から吊るされた打刻機がDNAデータを受け取り、展覧会期間中、自動で打刻し続ける。

人間の全DNAデータを約3GBとすると、二進法を用いてすべてのDNAデータを打刻するには、およそ地球1/3周もの穿孔(せんこう)テープ、時間にして約100年ほどかかる計算だそうだ。作家が没した後も打刻は続けられるよう指示書が準備されるという。

「Untitled(君の存在は消えない、だから大丈夫)」



 ここ何年か、資生堂eggに選ばれた作家たちの表現が、いわゆる美術の範疇からずれてきている印象がある。そのことが良いか悪いかまだ私には分からない。

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野村在展「君の存在は消えない、だから大丈夫」

2024年3月12日(火)―4月14日(日)

11:00-19:00(日曜・祝日18:00まで)月曜休廊

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資生堂ギャラリー

東京都中央区銀座8-8-3 東京資生堂銀座ビル地下1期

電話03-3572-3901

https://gallery.shiseido.com/jp/

 

 

 

ヒノギャラリーの長谷川さち展を見る

 東京八丁堀のヒノギャラリーで長谷川さち展「Garden」が開かれている(4月13日まで)。画廊のホームページによれば、長谷川さちは15年以上石を主材に制作を続ける彫刻家とのこと。ヒノギャラリーでの個展は今回7年ぶりになる。黒御影石を使っているが、ガラスと組み合わせた作品も展示している。

「全てを含む私、または私を含むすべて」

 奥の部屋に展示されている大きな石の彫刻にガラスの輪が組み合わさっている作品が面白かった。どこか大きな老いた大きな動物を連想させる。

 ガラスの作品も展示されていたが、総じて石の作品が面白かった。

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長谷川さち展「Garden」

2024年3月25日(月)―4月13日(土)

11:00-18:00(土曜日17:00まで)日曜・祝日休廊

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ヒノギャラリー

東京都中央区入船2-4-3 マスダビル1階

電話03-3537-1151

http://www.hinogallery.com

JR線・地下鉄日比谷線「八丁堀」駅A2番出口より徒歩5分

地下鉄有楽町線新富町」駅7番出口より徒歩5分

 

CON_ギャラリーの松田将英展を見る

 東京日本橋馬喰町のCON_ギャラリーで松田将英展「Adaptation」が開かれていた(4月7日まで)。松田将英は1986年生まれ、2010年から匿名で活動を開始。2016年に渡独し実名での活動を開始した。主な展覧会に金沢21世紀美術館、ドバイでの展示などがある。

 これは東京都現代美術館に常設されているジャッドの作品に対するパロディ/オマージュか。空洞の箱の中にミネラルウォーターのペットボトルが入っている。

 




 壁面に設置されているのはキャンベルスープ缶ならぬ非常食のカンパンの缶詰。これは三立製菓の品物らしい。ウォーホルへのパロディ/オマージュか。

 

 

 表面がタイルで仕上げられたような作品はジャン=ピエール・レイノーを模したのかと思ったが、ギャラリーのスタッフの話では、トイレットペーパーの塔とともにソル・ルウィットを模しているという。ミニマルの作家だった。

 ちょっと残念だったのが、タイルの表面と見えていたものが、タイルの絵か写真を貼ったもので、それが剝がれかけていた。

 しかし、極めて知的な作家で、いずれも面白かった。

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松田将英展「Adaptation」

2024年3月23日(土)―4月7日(日)

14:00-19:00(月曜・火曜・水曜・祝日休廊)

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CON_ギャラリー

東京都中央区日本橋馬喰町2-2-14 まるかビル4F

https://www.contokyo.com/

 

 

ギャラリーなつかのこづま美千子展を見る

 東京京橋のギャラリーなつかでこづま美千子展≪―景色の中に潜むもの― 狭山⇄スロベニア≫が開かれている(4月13日まで)。こづまは東京生まれ。1987年に多摩美術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業。1984年から個展やグループ展で発表を続けている。1988年ホルベインスカラシップ奨学生、2004年文化庁新進芸術家国内研修員。今年レジデンスプログラムでスロベニアに滞在し制作してきたという。その時の作品はスロベニアで展示されているということだが、現地での取材を元に制作した紙の作品も展示している。


 大作はM100号が3点、それを縦サイズで制作している。こづまは色彩に優れた画家で、また「複数の時間や空間を一枚の絵のなかに表現しよう」と試みている。

 紙の作品はいずれも小品だが、こづまの優れた色彩がよく分かる気持ちの良いものだった。自分の住んでいる埼玉の風景とスロベニアの風景を重ねているという。

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こづま美千子展≪―景色の中に潜むもの― 狭山⇄スロベニア

2024年4月8日(月)―4月13日(土)

11:00-18:30(最終日17:00まで)

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ギャラリーなつか

東京都中央区京橋3-4-2 フォーチュンビル1F

電話03-6265-1889

http://gnatsuka.com/

 

本川達雄『ウマは走る ヒトはコケる』を読む

 本川達雄『ウマは走る ヒトはコケる』(中公新書)を読む。副題が「歩く・飛ぶ・泳ぐ生物学」。本川達雄といえば、『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)がとても面白かったので期待して読んだ。本川が「おわりに」で書いている。

 本書では、われわれ自身が毎日やっている歩く・走るや、雀が飛ぶ、金魚が泳ぐなど、これも毎日目にしている動物たちの移動運動がテーマである。また、そのような運動を上手に行える体のつくりについてもかなり詳しく説明した。

 

 哺乳類から鳥類、魚、昆虫などを例にとって、移動運動をきわめて詳しく解説している。それらの運動を可能にしている筋肉や骨の構造や機能についても大変に詳しい。

 しかし、本書は解剖学を学ぶ学生たちが主な読者ではないかと思えるようなほとんど専門的な内容なのだ。もちろん私は動物の組織についてほとんど興味がない。興味がない分野の本を読むのは時間がかかり、こんな厚くもない新書を読み終わるのに1週間もかかってしまった。『ゾウの時間 ネズミの時間』の面白さを期待したら裏切られるだけだろう。

 それでも渡り鳥が長距離を渡ることについての項は面白かった。オオソリハシシギはアラスカで繁殖し、そこから赤道を越えて太平洋を南下して越冬地のオーストラリア東部やニュージーランドまでわたる。17,000kmを8日間ほどで行く。

 キョクアジサシは北極圏で春と夏を過ごし秋になったら南極圏に渡る。渡る距離は片道35,000kmで、一部の鳥では往復の総移動距離が8万kmにも達する。

 ハシボソミズナギドリは10月から3月に南極でオキアミを食べて栄養をつけ、タスマニアで子育てをし、その後北へと渡って4月から9月はオホーツク海ベーリング海で別種のオキアミやイカを食べて過ごす。

 また鶏肉の「ささみ」が翼を打ち上げる小胸筋で、翼を羽ばたかせる大胸筋が「むねにく」だと初めて知った。