ユーカリオの久保田智広個展を見る

 東京人具前のユーカリオで久保田智広個展が開かれている(5月1日まで)。久保田は1992年東京生まれ、2017年東京芸術大学 美術学部絵画科油画専攻 卒業、2018~19年ウィーン応用芸術大学交換留学、2020年東京藝術大学美術研究科修士課程版画専攻 修了。今回が初個展となる。

 とても変わった展示だ。ユーカリオは3階建てのギャラリーで1階に受付があるが、それを3階に移している。2階の壁を30cmほど移動したり、家具などを少し移動させたりしている。1階の奥にあった冷蔵庫を部屋の真ん中近くに出したり、傘立てを中央に置いたりしている。



 ギャラリーのホームページより、

 

久保田はギャラリー空間に普段置かれているモノ—作品や備品、什器など—を会場の外部へと運び出し、その構成を一変させます。それは通常のギャラリーの機能を阻害する行為であると同時に、その空間としての機能の抽象化でもあります。そうすることで久保田は、普段前景化されることのないギャラリーという場の物理的/システム的な裏側を可視化し、空間の最適な環境について再考するために一時的な実験の場を作り出すことを試みます。またそうした実践は、かつてホワイトキューブの空間をはじめ、美術の世界を規定する社会経済的な枠組みへと批判の意識を向けた制度批判のアーティストの手つきを思わせます。

このように本展はEUKARYOTE(ユーカリオ)という会場を一つのケーススタディとして、ギャラリーという空間の別のあり方、ひいては一つの有機的なシステムを新たに創出することを目指します。こうした作家による現代美術の可能性をめぐる実験的な試みをぜひご高覧下さい。

 

 受付や本来のバックヤードが移された3階は、何が展示で何がギャラリーの備品なのか、事務所なのか全く分からない。

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久保田智広個展「「eat ro ekyu」

2022年4月15日(金)―5月1日(日)

12:00-19:00(月曜休廊)

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EUKARYOTE(ユーカリオ)

東京都渋谷区神宮前3-41-3

https://eukaryote.jp/

 

圓井義典『「現代写真」の系譜』を読む

 圓井義典『「現代写真」の系譜』(光文社新書)を読む。今まであった写真史と全く異なる優れた写真史が現れた。取り上げられた写真家は、土門拳植田正治東松照明荒木経惟須田一政杉本博司マルセル・デュシャン、佐藤時啓、森村泰昌畠山直哉。単に彼らを経時的に取り上げるのではなく、写真の内在的な意味によって変化していることを説得力のある論評で解説している。

 1930年代の報道写真からニュー・ドキュメンタリーが派生し、戦後の美術界では二流メディアと位置付けられていた写真が「成り上がり」、絵画や彫刻と肩を並べる表現になったこと等、驚くような結論に達する。

 東松照明森山大道が並べられ、荒木経惟須田一政が比べられる。驚くのはマルセル・デュシャン杉本博司の同質性が指摘されたこと。この章は特に極めて興味深い論考が語られている。デュシャンの「レディ・メイド」(既製品)は杉本博司の写真に通じている、と! そして佐藤時啓のペンライトを空間に振ってそれを撮影する手法を、森村泰昌セザンヌなどに扮する写真とともに、新表現主義と位置付けている。時に森村をキーファーを引用して語っている件など圧巻だ。

 最後に、木村伊兵衛賞とキャノンの写真新世紀リクルート主宰の『ひとつぼ展』の入賞者が比べられて、3つの賞から見えてくる写真の傾向が指摘される。さらにVOCA展の傾向も考察される。

 「現代写真」の系譜と題しながらも、現代美術の歴史まで網羅している。教えられることの多い本だったし、優れた評者を知ったことも収穫だった。

 

 

 

トキ・アートスぺ―スのいぐち なほ展を見る

 東京神宮前のトキ・アートスぺ―スでいぐち なほ展が開かれている(5月8日まで)。いぐちは東京出身、1996年に学習院大学文学部哲学科を卒業している。2011年このトキ・アートスペースで初個展、以来ほぼ毎年同じ画廊で個展を続けている。


 作品は小さなキャンバスに凹凸がある図形を組み込んでいる。その凹凸によって影が出来、あるいは光を浴びて光っている。描かないで形を生み出し色の変化を作っている。哲学科出身ということで、とても知的な作品を作っている。

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いぐち なほ展「Beyond the Limit」

2022年4月26日(火)―5月8日(日)

12:00-19:00(最終日17:00まで)月曜休廊

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トキ・アートスペース

東京都渋谷区神宮前3-42-5 サイオンビル1F

電話03-3479-0332

http://tokiart.life.coocan.jp/

東京メトロ銀座線外苑前駅3番出口より徒歩約5分

 

 

アートスペース羅針盤の菊池玲生個展を見る

 東京京橋のアートスペース羅針盤で菊池玲生個展――「日本画」のシミュレーション――が開かれている(4月30日まで)。菊池は1993年生まれ、2014年に東京藝術大学日本画専攻に入学し、現在同大学大学院美術研究科博士課程(日本画)在籍中。今までガレリア・グラフィカで二人展を行ったり佐賀県の画廊で個展を開いてきたが、東京の画廊での個展は初めてとなる。創画会会友である。




 個展のタイトルに「日本画」のシミュレーションとあるが、これがとても面白い。日本画の中に屏風を描き込んだり、日本画ポロック風のドリッピングを合体させたり、抽象画の中に日本画を描き込んだり、手塚愛子風の横糸を抜いた作品を作ってみたりととても達者な作風を見せている。光琳の燕子花図屏風を引用して、そこに別の屏風を置いた作品もある。とにかく知的な作家というのが印象だ。とても興味深い。

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菊池玲生個展――「日本画」のシミュレーション

2022年4月25日(月)―4月30日(土)

11:00-19:00(最終日17:00まで)

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アートスペース羅針盤

東京都中央区京橋3-5-3 京栄ビル2階

電話03-3538-0160

https://rashin.net/

 

 

 

高階秀爾『芸術のパトロンたち』を読む

 高階秀爾『芸術のパトロンたち』(岩波新書)を読む。先日読んだ矢代幸雄『藝術のパトロン』が日本の美術コレクターを取り上げていたのに対し、本書はヨーロッパの美術パトロンたちを取り上げている。

 ルネッサンス頃のイタリアフィレンツェの同業者組合が彫刻家に依頼して大聖堂洗礼堂入口のブロンズ扉を寄贈している。その後メディチ家が実質的な支配体制を打ち立て芸術家たちのパトロンになっていく。そして教皇たち、ユリウス2世の存在が大きい。またレオナルドを呼び寄せたフランスのフランソワ1世、イギリスのチャールズ1世等々。高階は芸術家たちへの援助額なども計算している。

 その後19世紀には美術館が普及し、一般市民たちが美術に接して、ブルジョワたちが芸術家を援助していく。アカデミーという権威が発達するのは一般市民たちが教養がなくて自分の美意識からはどれが優れた芸術なのか判断できなかったからだ。だが形骸化したアカデミー=サロンに新しい画家たちが反逆する。

 美術評論家たちが登場し、新しい美術傾向を指導する。公衆を相手とする画商が登場し画廊が数多くみられるようになる。画商のヴォラールは早くから印象派を評価して取り扱った。19世紀の末頃から、実業界で成功した桁はずれの大物コレクターが登場する。

 

 フランスでは、ルーヴル百貨店の経営で成功をおさめ、ミレーの《晩鐘》の最後の所有者となったアルフレッド・ショシャールなどがその代表だが、急激に発展を見せた新興国アメリカにその例は多い。金融界の大立者モーガン、石油で莫大な産をなしたロックフェラー、鉄道王と呼ばれたヴァンダービルトなど、今でも語り草になっている大コレクターたちが登場してきたのは、まさしくこの時代のことである。

 

 さすが美術評論界の大物高階秀爾の執筆なので、ほとんど教科書のような完成度だ。近年については様々なエピソードが語られ、興味深い内容になっている。古い時代を語る章は多少なりと無味乾燥に陥りがちだが、上手にまとめている。(←大御所に向かって生意気に上から目線)。

 近年のコレクターたちのエピソードを集めた本があれば読んでみたい。