三浦哲哉『食べたくなる本』(みすず書房)を読む。簡単に言えば料理書の書評集なのだが、かなり詳しく紹介し、料理に対する各著者の思想みたいなものにまで踏み込んでいる。さすがに取り上げられるのは超絶名人の料理書が多い。ここまで凝ったことをして味を追求しているのかとただただ圧倒される。
「ジャンクフードの叙情」という章で、安部司の『食品の裏側』(東洋経済新報社)が取り上げられる。安部は大学で化学を専攻し、食品添加物専門の商社に入社した。安部がスーパーに並んだ「減塩」梅干しを食べると。
それはもう梅干しではありませんでした。「梅風味の添加物」あるいは「梅干しの形をした添加物」にしか思えないのです。
塩分5%といったら、常温では保存できません。腐敗を防ぐため、アルコールに漬けてあるのです。
梅自体も、梅焼酎で使われた「リサイクル梅」なのか、風味もうまみもなにもない。
その分、「グルタミン酸ナトリウム(化学調味料)」「ステビア」「グリシン」「ソルビット」「かつおエキス」「たんぱく加水分解物」で味を補う。「合成着色料」も2~3種類使って鮮やかな色を出す。すっぱさは「酸味料」で出します。
発酵学者の小泉武夫の十八番はくさい料理だ。世界1くさい食品が、魚を加工せず缶詰に密封し、嫌気性の環境で発酵させたシュール・ストレミング、第2位は発酵して激烈なアンモニア臭を放つエイの刺身ホンオ・フェ。以下3位から5位までが、ニュージーランドのエピキュアーチーズ、カナダインディアン・イヌイットたちが食べるキビヤック、日本のクサヤを焼いたものと続く。
丸元淑生のレシピでは目を疑うような数値に出くわすことがある、と三浦が書いてそれを紹介する。あさりのスパゲッティには4人前であさりを2キロ使う。クリームなしのクラムチャウダーでは、はまぐり(なければあさり)1.5キロ、これも4人前だ。かつお節の量は水10カップに対して160~200ℊ程度。これは標準の4、5倍になる。
オリーブオイルの使用量もすごい。炙ったパンにオイルをたっぷり注ぐ「ブルスケッタ・センプリチェ(シンプルなブルスケッタの意味)」では、パンを入れたお皿がオイルでプールのようになるくらいかける。
さらに美食のなかの美食が次々と紹介される。世の中にはとてつもないご馳走があるようだ。それらを食べてみたいと思う一方、思い出すエピソードがある。40年ほど前日本近代史を読みあさっていた頃読んだ本で著者も題名も忘れたが、会津あたりの出身の元武士が、明治初期に奄美へ行って奄美の住民のために鹿児島の役人と戦った話。戦ったといっても鹿児島県から過酷な支配を受けていた島民のために交渉して税金などの不平等を改善したこと。人頭税石のように身長に応じて課税されたような不合理な税制を改めさせた。その男がどんな料理を出されても決して美味い不味いということはなく出された料理はすべて完食したという。地元では英雄として遇されたが、郷里に帰ったあと家族に奄美での事例を全く話すことはなかったという。
私も美食に心動かされながら、一方でそれをわずかにも批判する心を持ちたいとも思っている。