松永富士見句集『バレンタインデー』を読む

 松永富士見句集『魂の一行詩 バレンタインデー』(日本一行詩協会)を読む。帯に角川春樹が推薦文を書いている。

 私が「河」の主宰となって早くも10年の歳月が流れた。その中で、私の記憶に残る名句が次の作品。


 バ レ ン タ イ ン デ ー 少 し 残 業 し て 帰 る

 私は次の句が良かった。


 鶏 頭 の 思 ひ つ め た る 厚 さ と も

 巻末に角川春樹の「河作品抄批評」が掲載されている。そのいくつかを引く。

 バ レ ン タ イ ン デ ー 少 し 残 業 し て 帰 る    松永富士見


 同時作に、 
    落款のごとき椿よ東慶寺
    風光る少女の胸の貝釦
    囀りや電子レンジが回り出す
 
 があり、2月、3月の東京例会、3月の「はちまん句会」の特選並びに秀逸を取った作品。例えば、「囀り」の一句は、特選1秀逸3佳作2の総合得点11を獲得し、「バレンタインデー」は特選3秀逸1佳作3の総合得点14を獲得し、2月の東京例会でのトップを取った。
 また今月の5句は総合得点14を獲得した。
(中略)
 一方、「バレンタインデー」もチョコレートと無縁な中7下5の「少し残帰る」の措辞に舌を巻いた。比較するうえで、例句をあげると、
    楽器提げバス待つバレンタインの日    中川 石野
    老教師菓子受くバレンタインデー      村尾 香苗
    白鳥の田に来るバレンタインの日      佐川 広治
 がある。しかし、「バレンタインデー」という「晴」に対して、中7下5の「少し残業して帰る」の「ケ」は、俳句本来の「もどき芸」として、全ての例句を凌いでいる。「魂の一行詩」の重要な課題である、日常の中の物語性の代表句と言ってよい。半獣神の中で最高得点4を獲得した松永富士見、一代の名吟である。17文字に人生が浮かぶ傑作。

 手放しの絶賛である。
 つぎに、

 祇 園 ば や し 金 糸 の 雨 の 夜 と な り ぬ    松永富士見


 同時作に、
    過去はみなひらひらしたる曝書かな
    此処にゐてここに生きをりフクシマ忌
    薔薇の雨ひと恋ふる夜のスロージャズ
    お台場の橋より昏るる驟雨かな
 があり、特に「驟雨」の句が良い。座5の「驟雨かな」に対する中7下5の「お台場の橋より昏るる」の措辞は、本来なら平凡な表現だが、季語の「驟雨」が効いて句が一変した。景のありありと見える作品。
 一方「祇園ばやし」の一句はさらに良い。(中略)かつて、京都の女弟子たちに処女喪失の機会を問うたことがある。20名近い女弟子の全員が祇園祭の前日である宵山と答えて、私を驚かせた。次の私の句は、その取材に基づいた作品。
    祇園ばやし抜け出て君を抱きにける    角川 春樹

 こんな質問を女弟子たちにする春樹が異常だと思う。以前春樹の自伝を読んで持った感想が、「誇大妄想、下品、天才」だった。
 松永富士見の句に対する感想は、華やか、都会的、外来語が多いと言ったところ。若い女性かと思ったらけっこう年配の女性らしい。