二宮敦人『最後の秘境 東京藝大』を読んで

 二宮敦人『最後の秘境 東京藝大』(新潮社)を読む。副題が「天才たちのカオスな日常」というもの。二宮の妻が藝大彫刻科に在籍している関係から、藝大生たちにインタビューしてそれをまとめたもの。事実面白い内容だが、出版社がことさら面白おかしく宣伝している。
 東京藝大は美術学部音楽学部がある。道をはさんで二つに分かれている。二宮は様々な学生たちの話を聞く。口笛を他の楽器と対等に扱えるようにしたいという学生。日に3、4時間くらい練習する。
 しかし彫刻科の妻は滅多に学校に行かない。妻の話。

「彫刻科では、1、2年は基礎実習としていろんな素材に触るんだ。木とか、粘土とか、金属とか……だけど3年になったらもう自分で好きな素材を選んで、好きに制作するようになるの。3年だと2つくらい作品を制作すればいいし、4年では卒業制作をやればいい感じ」

 それだけ提出すれば、後は何をしていてもいいらしい。
 打楽器専攻は1学年だいたい3人だという。たった3人なんだ! いや、指揮科の入学定員は1学年2人。作曲科は15人。古典リコーダー専攻の3年生は1人。
 ブラジャー・ウーマンというのがいるらしい。「ブラジャー・ウーマンは、正義のヒーローなんです。悪の組織ランジェリー軍団と日々戦っています」という絵画科の立花清美が言う。設定上彼女はブラジャー・ウーマンのマネージャーらしい。ブラジャーを仮面のように顔につけ、唇と爪は赤く彩られ、上半身はトップレス、下半身は黒いタイツで、その上にピンクのパンツをはいている。
 音校卒業生の話。学生時代月に仕送り50万円もらっていた。音校は何かとお金がかかるのだという。演奏会のたびにドレスがいる。ちゃんとしたドレスなら数十万円はするし、レンタルでも数万円する。パーティーにもちゃんとした格好で行く必要がある。
 対して美校の黒川さんは生活を切り詰めている。トイレットペーパーを使わないように、なるべく外のトイレを使っている(これはまるで糞土師の伊沢正名さんだ)。食事は米と納豆。3つセットで48円の納豆は生活の友だという。タレなしならこんな安い納豆があるらしい。醤油をかけて食べる。タレつきは贅沢品で、頑張った自分へのご褒美として買う、と。
 二宮のインタビューが巧いのだろう。必要以上に面白くできている。もう少し専門的なツッコミもほしかったけれど、一般向けにはこれでいいのだろう。あと、出版社が悪乗りしている印象だが、それで帯に「全国書店で売り上げ1位続出」という結果になったのだろう。
 

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常