酒井信『松本清張の昭和』を読む

 酒井信『松本清張の昭和』(講談社現代新書)を読む。松本清張の伝記、松本清張の出生から晩年までを丁寧に書いている。私は清張は10代のころ代表作の『点と線』、『砂の器』、『ゼロの焦点』などと古代史に関する評論を読んだくらいで、あまり熱心には読んでこなかった。

 本書によると、清張は小学校卒という学歴で、就職に関して大変苦労したらしい。幼少期から貧しい生活で、古くて狭い家で育った。湿気がすごくナメクジが這う家だったという。高等小学校卒という学歴なので、初め給仕となった。しかしその会社も不況になり清張は解雇された。次に新聞記者を目ざして地方新聞社を訪ねたが、社長は清張の学歴を見て鼻で笑った。その後清張は印刷画工の仕事を見つけ、職人として働くことになる。薄給ながら版下描きや図案の製作を受け持つようになった。

 勤めた印刷所は清張が22歳の時に倒産し、朝日新聞九州支社の下請け画工となる。その後日中戦争が激化して社員が兵隊に採られるなどで人手不足になり、清張もようやく正社員になった。広告の図案描きを担当していた。

 朝日新聞に勤務しながら書いて応募した短篇「西郷札」が『週刊朝日」の懸賞小説に3等に入選した。その後「或る「小倉日記」伝」が芥川賞を受賞した。44歳だった。

 その後は『点と線』、『ゼロの焦点』、『砂の器』、などがベストセラーになり、1961年(52歳)の時所得額で作家部門第1位となる。

 1960-1980年ころにはベストセラー作家として長者番付に毎年並ぶようになった。最近までにカッパ・ノベルスの主要な清張作品の発行部数は2,196万部、新潮文庫の清張作品の総発行部数は4,607万部だという。

 本書の著者酒井信は清張が好きらしくて、清張が生きていても満足するような事例ばかりを取り上げている。しかし、江藤淳や大岡昇平、丸谷才一、三島由紀夫などは清張に対して批判的であり、嫌っていたという話もある。特に三島由紀夫は中央公論社の日本文学全集に松本清張を入れることをかたくなに拒否したという。

 否定的な意見も隠さないで松本清張という昭和のベストセラー作家を総合的に紹介してほしかった。