川名大『現代俳句(上)(下)』を読む

 川名大『現代俳句(上)(下)』(ちくま学芸文庫)を読む。上下2巻で1,060ページもある大作。取り上げられた俳人は126名に及び、各俳人の作品をていねいに読解している。難解な句も川名にかかると実に明快に読み解かれる。また、昨年読んだ小澤實=選『近現代俳句』(河出文庫)が50人の俳人を選び、各人5句を取り上げていたのに比べると、川名が重要だと考える俳人の句は数多く取り上げていて、小澤實の悪平等の選択とは真逆の方針で、それはとても評価できるものだ。

 川名のすぐれた審美眼とその解釈を紹介する。(なお、解釈はかなりダイジェストした)。

 

 まさおなる空よりしだれざくらかな    富安風生

 この句は、大きな傘のように垂れ下がるしだれ桜の真下から見上げた俳句的視覚(アングル)と、しだれ桜と青空以外を捨象した俳句的省略とが、極めて効果的だ。青空の真ん中から大きく円形に覆いかぶさるように垂れ下がって咲いているしだれ桜の美観が、見上げる頭上に大写しに迫っている。降って湧いたような臨場感がある。

 

 分け入つても分け入つても青い山     種田山頭火

 この句の律は「分け入つても」で小休止し、次の「分け入つても」の下で屈折し、休止が入る。それは山中深くひたすら歩き続ける山頭火の歩行とも響き合う。山頭火の句の表現の特色は、ルフラン(繰り返し)を多用して快いリズム感を生み出し、口誦性に富んでいることである。/尾崎放哉が、思惟の中から凝縮性の高い短律を生み出したのに対し、山頭火はひたすら歩く放縦無頼な生活の中からリズムの感度の良い句を生み出した。

 

 占領地区の牡蠣を将軍に奉る     西東三鬼

 中国戦線の一場面を仮構した戦火想望俳句に属する句である。日本軍に占領された地区の中国人が土地の名物である牡蠣を将軍に献上したというのが表面の意味だが、三鬼の表現意図はそこにはない。「牡蠣」は被占領地区の中国人が和議を請うため、日本軍の将軍の性的欲望の対象として献上される女体のメタファーである。古来、戦争において美しい女体は敗者による勝者側の権力者への献上物として利用されてきたが、戦争において人間の本能的な欲望がむき出しになる姿を、こうしたメタファーの韜晦表現で表わし、戦争を揶揄したのである。戦争への三鬼流の抵抗をそこに見ることができる。エロティックなメタファーは三鬼が好んで用いる手法である。

 

 初蝶やわが三十の袖袂     石田波郷

 この句は「わが三十の袖袂」の語りからどういう感慨を読み取るかが鍵となっている。(中略)/単に「初蝶」の可憐さに順応させた初々しい句ではないのだ。「初蝶やわが青春の」ではなく、「わが三十の」と俳句的に屈折させたところに懐の深い、複雑な思いが伝わってくる。ゆるやかな春風に袖や袂を吹かれながら、ゆったりと腕を組み、懐手している主人公の像が浮かんでくる。

 

 炎天の遠き帆やわがこころの帆   山口誓子

 この句の読みのポイントは、「炎天の遠き帆」とその心象風景としての言い換え表現である「わがこころの帆」が伝えるものの把握である。目を凝らせば炎天下のはるかに見える小さな白帆。それは何か思いを遠くにかける寂しさがある。かすかな拠り所であると同時に寂しさが伴う。したがって、「わがこころの帆」とは、自己の内面を凝視したときに掴みとった自己の存在のかすかな救い、拠り所であり、また自己の孤独な魂である。/敗戦直後、人々が物心両面の混乱に陥っていたとき、自己の内面を凝視して、このような孤絶した精神の高みに至ったということは、俳壇のみならず一つの驚異といってよい。

 

 われ病めり今宵一匹の蜘蛛も宥さず    野沢節子

 多くの闘病俳句は肉体と精神との苦痛や絶望を詠んだが、この句のように病める者の異常に鋭くとぎすまされた精神に触れ得た句は、ほとんどない。「われ病めり」とは健常者はもちろん、同じ病者も自分の世界に侵入するのを拒絶した鋭い自意識のあらわれである。この神経の昂ぶりは、夏の宵に病室の隅に姿を見せた一匹の蜘蛛をも、自己の閉ざされた自意識の世界に侵入するものとして許さないのである。

 

 けだし現代俳句を紹介するに最善の書、最高のアンソロジーというべきだろう。特にアマチュア俳人は本書を読まずばむやみに駄句を公表すべきではないとまで言いたいほどだ(己を入れることなく言ってみた)。