原武史、菅孝行、磯前順一、島薗進、大澤真幸、片山杜秀『これからの天皇制』(春秋社)を読む。本書は法華コモンズ仏教学林が主催した特別講座の内容を書籍化したもの。
原武史は大正天皇や昭和天皇、皇后を論じた著書がある政治思想史学者だ。
菅孝行は過激な評論家だ。その指摘は教えられることが多い。
近代国民国家における「支配」には3つの位相があります。第1が市場原理、第2が〈法〉による統治、第3が「幻想の共同性」です。第1は資本制の支配、第2が政治権力による支配、第3は支配の正当性の「内面化」だといえます。第3の位相の「内面化」とは、支配階級に固有の私的な利害や価値を主権者があたかも普遍性であるかのように自発的に受容してしまうことです。この位相での「支配」は、支配の正当性を「信仰」する主権者の倒錯した集合的観念によって成立するといってよいでしょう。近代国家における「信仰」は、憲法規範や教育勅語や軍人勅諭や国体論や家族国家観の刷り込みを通じて「臣民」の「自明性」になりました。
(中略)天皇制は日本近代国家の統治形態の「不可欠」の構成要素であり続けてきました。天皇の権威への「信仰」は、現在も憲法と皇室典範によって担保されています。さらに権威の根拠は神道に担保されています。これを「国家神道」と定義するのか否かは議論のあるところですが、それが「天皇教」信仰であり、天皇信仰の根拠が「万世一系」の神話であることにおいて、明治国家と戦後とで本質的な差異は認められません。ですから、現代でも世俗社会における「皇道」(天皇主義道徳)の実践の根拠は生きているのです。
島薗進は宗教学者だ。天皇の代替わりの時、三種の神器を新しい天皇に引き渡す。それについて、
(……)三種の神器こそが天皇の位、践祚とか宝祚とか言いますね。天皇の位を宝と言っているわけです。三種の神器が受け渡されていくことが天皇の神聖な地位、万世一系の国体の核心にあることだと思います。
三種の神器が受け渡されていくことが「国体」の核心だと言っている。
大澤真幸は社会学者。日本の天皇制が長続きしている理由を、日本人は血縁を重視するからではないかと思われるが、源氏物語をみてもわかるように、日本人は血縁に関して無頓着だと言う。そこでは、本当の天子の子ではない、不倫によって生まれた子が天子になったという話が中核にある。日本人は正しい血統かどうかなど気にしていない。気にしているのは例えば中国だと言う。中国では皇帝の奥さんたちの世話をしているのは、宦官という去勢された男子だ。中国では宦官というものを作り、皇帝の父系に絶対に不純な血が混じらないようにという強烈な執着がある。それを思うと、日本の天皇制は血縁の純粋性に配慮していない。
日本政治思想学者の片山杜秀の講演も面白かった。
総じて、本書は「天皇制」を考えるための有効な参考文献になるのではないか。出版されて5年が経つ。講談社学術文庫とか、ちくま学芸文庫、岩波現代文庫あたりに再録されて広く読まれることを希望する。
