網野善彦・吉本隆明・川村湊『歴史としての天皇制』を読む

 網野善彦吉本隆明川村湊『歴史としての天皇制』(作品社)を読む。最初にそのタイトルの3人の鼎談があり、ついで網野善彦川村湊の対談「列島と半島の社会史」が収録されている。分量としては後者の対談がほぼ2/3を占める。

 吉本隆明が加わった鼎談で吉本が述べている。

吉本  ぼくは、網野さんが書かれたもののなかで、(……)西の国家と東の国家は別の民族なんだと言ってもいいような差異が考えられるんだとおっしゃった。/それからもうひとつは、日本人が単一民族からなるというのは、それはとんでもない、違うことなんだというふうに言われていたと思うんです。ぼくもそれと関連するわけですけれども、日本人というのは、単一民族どころか、たぶん、現存するどの近代国家と比べても、日本人ほど多種多様な種族から成り立っているのはないんじゃないかとそう思っているわけです。/(中略)顔は区別がつかないんだけど、かなり多様な種族語を喋っている人が日本列島に入ってきて、かなり長い間に融合しながら、方言の差異は別として、日本語らしきものがつくられてきた。

 

 網野と川村の対談では日本列島と朝鮮半島の社会史、民俗、歴史が話題にされる。ただ川村は韓国に住んではいたものの、民俗学などを研究していたわけではない。被差別民について言及される例も多い。また日本の枕絵に対する朝鮮半島のそれは少ないという。済州島の海民が奈良時代から日本列島の肥後、豊後、志摩などに来ていて交流があったことなども語られる。

 しかし本書のタイトルの『歴史としての天皇制』の天皇制に言及されるところは少なかった。それが読みたくて手に取ったのに肩透かしだった。まあ、出版社が「列島と半島の社会史」では読者が付かないと考えて、吉本隆明が加わった鼎談を併せて1冊にしたのだろう。

 網野善彦の『無縁・公界・楽』に触れることが多かったので、そちらも読んでみたいと思った。