野坂昭如『戦争童話集 完全版』(中公文庫)を読む。野坂昭如が1971年、もう55年前に『婦人公論』に連載した戦争を舞台にした童話集。それに沖縄の話を2篇付け加えて「完全版」とした。
池澤夏樹が毎日新聞の書評で紹介していた(2025年7月26日付け)。
一つだけ満洲を舞台にした「年老いた雌狼と女の子の話」がある。自分が率いてきた群れを離れて死に場所を求める老いた狼が人間の集団に遭遇する。彼らは何かから逃れるように広い平原をひたすら南へ歩いている。狼は死ぬつもりとはいえ腹は減る。隙を見て襲うつもりで後をつけた。
人間たちは幼い女の子を一人そこに残して行ってしまう。狼は食べようと思って近づくが、キクちゃんというその子は狼を自分が飼っていたシェパードと勘違いして、「お母さんどこへ行っちゃったの、ねえ、ベル、探してきてよ」と言う。
狼は情にほだされてこの子の面倒を見ることになる(このあたりがまさに童話)。ここで話の背景としてソ連の侵攻で南へ逃れる日本人と麻疹にかかって遺棄された女の子を巡る事情が説明される。
狼は病んだ子を背中につかまらせて北の自分がかつて住んだところへ連れていこうとする。
二人は人間に見つかり、子供をさらったと誤解された狼は撃たれる。「かけつけた人は、もう冷たくなっている女の子の体に、噛み傷一つないのを、不思議がり、キクちゃんをそこに埋葬しましたが、狼は、さらされたままで、でも骨になっても、キクちゃんを守るように、お墓のそばからはなれませんでした」
全12篇。
