沼野充義『ロシア文学を学びにアメリカへ?』(中公文庫)を読む。以前『屋根の上のバイリンガル』というタイトルで白水uブックスから出ていたもの。当時から気になっていた。沼野はロシア文学やポーランド文学の専門家。沼野の訳したスタニスワフ・レムなどのSFを読んだことがある。本書は白水uブックスの前に筑摩書房から出版されていたもので、元々『翻訳の世界』という雑誌に1985~1988年に連載されていたものだという。当時沼野は30代前半、いまでこそスラブ文学の大御所だが、留学から帰ったばかりで若かった。だから内容も若々しい。
沼野はフルブライト奨学金に応募する。そのための面接に行くと、アメリカ人の審査員に交じって江藤淳がいた。それまで英会話の稽古など一度もしたことがなかった。どうやら江藤淳の推薦で審査に合格した。しかし、実はこの面接のときに審査員たちと英語で問答したのが、ほとんど唯一の英会話の体験だったという。
アメリカにはソ連から亡命した重要なロシア人の学者や作家が多かった。さらにスラブ・東欧諸国からの亡命者・移住者がたくさんいるので、ロシア語以外の言語を学ぶ機会も多かった。沼野はイディッシュ語にも興味を持っていた。
訛について。
訛というものは大人になってからでは、いくら直そうとしても直るものではない、と言ったほうが真相に近いだろうか。そういえば、数十カ国語に精通していたロシア生まれの天才的言語学者ロマン・ヤコブソンについて、シービオクという記号学者がたしかこんなことを言っていたはずだ――「私の知る限り、彼は少なくとも九カ国語を完璧に話すことができた。しかし、その九カ国語はすべてロシア語だった」。
沼野が紹介する個々のエピソードがどれも面白い。これって沼野の文才を表しているのだろう。
