瀬戸内寂聴『場所』を読む

 瀬戸内寂聴『場所』(新潮社)を読む。瀬戸内寂聴が住んだ土地を訪ねて、当時のことを振り返っている。父の郷里に瀬戸内家の墓を訪ねる。その墓には聖書の文句が彫りこまれていた。父の大伯母が建てたものだという。瀬戸内寂聴=春美は18歳で東京の女子大に入り家を出た。

 物心ついた時、住んでいた徳島の中洲港、また徳島の眉山、瀬戸内は満洲に赴任した夫について行ったが、戦後帰国して夫とともに3歳の娘と徳島に暮らしていた。夫が東京に職探しに行っている時に、元夫の教え子の涼太に恋をした。誘ったのは瀬戸内だった。

 名古屋駅の想い出は、東京の家族を捨てて涼太の住む広島へ行こうと東海道線の列車に乗った。ハンドバッグひとつだけ持って。列車が名古屋に止まった時、子どもの泣き声が響き、突然列車を下りた。それからすぐ東京行きの列車に乗り込んだ。

 その後も恋をしては男を追いかけ、さまざまな場所に住んだ。そんな生活が晩年まで続いている。さすがにそれらの恋を正確に綴ることはなく、ぼかされている。瀬戸内のことを知る人たちには皆自明のことなのだろうが。

 同人誌に書いていた小説が新潮社の雑誌に掲載される。女流作家田村俊子を書いた『田村俊子』が評価され、自身の不倫を描いた『夏の終り』が女流文学賞を受賞、岡本かの子を描いた『かの子撩乱』など、高い評価を得た作品もあるが、ベストセラー作家として作品数も多く、書きなぐった印象をぬぐいがたい。

 井上光晴との関係は井上の娘の井上荒野が小説に書いている。親しかった湯浅芳子が瀬戸内に向かって「あんたはつまらん小説書きまくって、あぶく銭かせいでるんだから」奢るのは当然という態度をとったのも納得できる。

 私は瀬戸内は、『夏の終り』と湯浅芳子を描いた『孤高の人』、『かの子撩乱』、それに本書しか読んでいない。今後も瀬戸内寂聴を読むつもりはない。と言いながら、私の文庫本ベスト3には瀬戸内の『孤高の人』が入っている。(他は佐多稲子『夏の栞』と野見山暁治『四百字のデッサン』)

 つくづく私とは異質の肉食系の作家だと感心した。

 

※追記(2025.3.20)

 荒川洋治が本書について、「瀬戸内寂聴の最高傑作と思われます」と書いている(『文学の空気のあるところ』中公文庫)。