松岡和子『深読みシェイクスピア』(新潮文庫)を読む。シェイクスピア全作品の個人翻訳に取り組んだ松岡和子に小森収がインタビューして本書が成立した。『ハムレット』、『ヘンリー6世』3部作、『リア王』、『ロミオとジュリエット』『オセロー』、『恋の骨折り損』、『夏の夜の夢』、『冬物語』、『マクベス』などを取り上げて、松岡と小森が話し合う。それがとても興味深く魅力的だ。
松岡は稽古の現場に立ち会う。俳優から質問されたり、松岡が俳優に質問することもある。『ハムレット』の「尼寺の場」でオフィーリアが自分のことを、the noble mindというセリフがある。松岡は「品位を尊ぶ者」と訳したが、なぜ自分のことをnobleと言うのか疑問を持っていた。それをオフィーリア役の松たか子に質問すると、松たか子は「私、それ、親に言わされていると思っています」と。松岡はオフィーリアの立場を見直すことになる。
『オセロー』ではデズデモーナ訳の蒼井優から質問があった。3幕4場で、デズデモーナはオセローに「あなた」「あなた」って呼びかけるけど、この「あなた」は全部同じかと。原文では皆my lordだが、1か所だけmy good lordだった。それは他人行儀な慇懃な言い方だった。その結果デズデモーナの演技が変わってくる。松岡は「蒼井優という一人の女優によって、シェイクスピアの凄さを再発見させてもらいました」と言っている。
いやそれ以外にも松岡の新発見が控えめにつづられている。シェイクスピアがこんなにも深い芝居だったのかと改めて教えられた。シェイクスピアの全作品の個人翻訳は坪内逍遥、小田島雄志に続いて3人目だが、解説で渡辺保が指摘している。松岡が他の二人と違うのは、松岡が演劇の現場――すなわち稽古場に行って稽古に立ち会い、上演台本を作る作業に参加して、さらのその体験によって翻訳原文の修正を行っている点である、と。
きわめて優れた内容だと思う。シェイクスピアの芝居が一層深く理解できるようになるだろう。