和泉悠『悪い言語哲学入門』を読む

 和泉悠『悪い言語哲学入門』(ちくま学芸新書)を読む。「悪い」というのはどれに掛かっているのだろう。間違った言語? 悪意のある言語? 正しくない言語哲学? ふつう言語論とか言語哲学なんて聞くと、難しそうで敬遠したくなる印象がある。それを「悪い」という切り口を使って取りつきやすくしたのではないかと思った。

 そういう側面もあったかもしれないが、悪口とかヘイトスピーチなど、身近な問題を例にとって言語に関するさまざまな観点、問題を解説してくれる。それは、「意味」の意味とか、指示表現の理論とか、言語行為論とか、嘘の種類とか、総称文はすごいとか、言語に関して考えたこともなかった事柄や問題点が紹介される。

 思えば言語論なんて50年以上も前にS. I. ハヤカワの『思考と行動における言語』を読んで以来だから、驚くほどの進化を遂げているのも納得できる。本当に身近に感じていた言語について知らないことばかりだった。

 難しい言語論だが、例えば総称文について、「金は貴重だ」とか「象は鼻が長い」とか一般化を表現することが多いという。その際、量に関する含意がばらばらだ。そしてトランプ流総称文の例として、「(メキシコがアメリカに送ってくる人々は)麻薬を持ち込む。犯罪を持ち込む。強姦犯だっている」を挙げて、これら排外主義的なレトリックで、トランプは移民と犯罪を結びつけている。しかしこれらは「AはB」という総称文なので、多くの移民の中に1件でも密輸の報道があれば、「ほら、言ったことが正しい」と主張できる。

 難しいのは紛れもないが、非常に興味深い内容であることも間違いない。最近読んだ本の中では3塁打くらいのヒットだった。