山本弘の作品解説(111)「箱」

山本弘「箱」、油彩、F10号(天地45.5cm×左右53.0cm)

 

 1976年制作、山本弘46歳の晩年の作品。ワシオトシヒコさんが雑誌『美庵』に紹介してくれたことがある。私も山本が身近な箱を描いたと思っていた。ところがある人が、この絵は何を意味しているのか考えなさいと言われた。そこで初めて、山本が単なる箱を描くはずがないと気づいた。箱こそ何かを表しているに違いない。

 この箱は中が白く塗られている。外側はそんなにきれいでもない。するとやはり自画像だろうかと考えた。山本は近所にあった汚い水を貯めた沼や、わびしい小屋や一軒家を美しく描いた。あたかもほとんど無価値で汚れて見えるそれらが実は輝いているのだと、それが自分なのだと、それらを自画像のように描いたのだった。だが、それに比べると、箱の外面はさほど汚くはないし、第一箱そのものは本来汚いものではない。では何だろう?

 箱の側面に丸い図形が3つ描いてある。これはもしかすると顔かもしれない。だとすれば山本の家族ではないだろうか。当時5歳の娘と愛子夫人と画家本人。ならば箱は山本の家族=家庭=家を表しているのかもしれない。家庭は白く輝いている。

 山本には若いころから尊敬し親しんできた先輩にして友人がいた。彼、小原泫祐は僧侶であり優れた画家であった。二人は死んだら隣り合った墓に入ろうと話していたという。しかし、山本が40歳直前の頃、突然小原泫祐は人妻と駆け落ちしてしまう。そのまま二度と寺にも飯田へも戻ることなく、名前も若栗玄と変えて、もう亡くなるまで古い友人の誰とも会うことはなかった。

 山本はもともと社旗的に孤立していた。おおそらく小原泫祐がたった一人の心を許した人だったのではないか。その人からも見捨てられた。山本は深い孤独を感じたに違いない。この時、ただ家族だけが文字通り親密な共同体だったのだ。「箱」はそのことを表している。