北川央『大坂城』を読む

 北川央大坂城』(新潮新書)を読む。北川は大阪城天守閣館長、大坂城や城づくりなどに関する著書多数とある。大坂城に関するエピソードを50篇まとめたもので、豊富な知識から面白いネタを繰り出してくれる。

 秀吉は大徳寺総見院に信長の墓を作った。しかし本当の墓は京都鶴山町の阿弥陀寺にある。阿弥陀寺の僧が戦いのさなかに本能寺に駆け付け、信長の家臣らが信長の遺骸を火葬にしようとしていたので遺体を引き取り、本能寺の僧が寺から立ち退くように装い阿弥陀寺に戻って密かに葬儀をした。遺骨を納めた墓は阿弥陀寺にある。

 秀頼の本当の父は秀吉ではないと当時から囁かれていた。当時から秀吉には子種がないと信じられていたとイエズス会宣教師ルイス・フロイスも書いている。では淀君の相手をしたのは誰だったのか。現在では大河ドラマなどで、それは石田三成であると描かれることが多いが、大野治良の説が高かった。しかし、占いの上手な法師が実父だという説が広まってしまう。いずれにしろ、秀吉の子供ではなかっただろう。

 秀頼の息子2人のうち、兄の国松丸は8歳で捕らえられ処刑された。弟は逃げ延びて芝増上寺に僧として仕え、のち80歳で亡くなった。非常に聡明で説法が上手かったという。

 そのほか、真田信幸・幸村にまつわるエピソード、後藤又兵衛への勧誘や寝返り工作、大阪の梅田近くの太融寺大阪夏の陣で自害した淀君の墓があることの謎、秀頼が大阪夏の陣で亡くならず肥後落ちしたという伝説、後藤又兵衛生存伝説、無双の美男とうたわれた木村重成の末裔が、西鉄ライオンズの球団社長木村重吉であり、その甥がニュースキャスターの木村太郎とのこと。

 このように歴史の本質からは少し外れたしかし面白いエピソードが詰まっている。1篇が数ページと短いので、暇なときに簡単に読み進められる。歴史エッセイとして面白かった。