山下裕二『商業美術家の逆襲』を読む

 山下裕二『商業美術家の逆襲』(NHK出版新書)を読む。山下はファインアートとは異なる「日本美術のメインストリームから外れた」「美術史上、正当な評価を受けて来なかった商業美術家たちを」「再評価」するだけではなく、「むしろ彼らを本流として明治以降の美術史を再検討してみたい」と大胆な提言をする。

 その商業美術家たちとは、渡辺省亭、鏑木清方、柴田是真、小村雪岱月岡芳年河鍋暁斎、鰭崎英朋、伊東深水川瀬巴水、吉田博、橋口五葉らだ。日本画木版画、挿絵などの分野で活躍していた。

 戦後ではグラフィック・デザイナーの田中一光横尾忠則山口はるみ空山基田名網敬一を高く評価する。さらに漫画家のつげ義春、」谷岡ヤスジ、林靜一を絶賛する。

 

 将来的には、マンガの原画が国の重要文化財や国宝に指定される日が来るでしょう。その筆頭候補は、何と言っても「ねじ式」です。文化財候補マンガの中でも、この作品は「絵」として最も素晴らしい。私にとって、つげ義春は至高の芸術家であり、その作品は最高のファインアートです。

 

 ここまで言ったら贔屓の引き倒しだろう。漫画はファインアートに昇格することはないし、戦後のイラストもファインアートにはならない。私も空山基は好きだけれど、それはファインアートとして評価しているわけではない。ここにあげられた戦前の画家たちも皆技術は優れていると思う。技術にのみ着目すれば山下のような評価を下すのも不思議ではない。しかし、美術は技術のみではない。大仰な言葉になってしまうけど、思想が重要な要素になる。残念ながら商業美術家に分類される画家たちは、クライアントの意向に沿って制作することになる。大衆の喜ぶものであったり、挿絵として分かりやすく面白かったり、購買意欲をそそるものであったりと。

 山下は、商業美術的な画家を多くコレクションしたコレクターとして福富太郎を高く評価する。私も山下が監修した東京ステーションギャラリー福富太郎コレクション展を見たが、美人画が多く、ああキャバレー王の福富さん、女が好きだったんだなと思ったことだった。いや、私だって女性は好きだけれど、それを絵に求めようとは思わない。

 浮世絵はヨーロッパの画家たちに大きな影響を与えて印象派の成立に一役買っているではないかと言われるかもしれない。それはヨーロッパの画家たちが、自分たちの伝統と異なる表現を見せられて採り入れたことによるのだろう。ピカソがアフリカ彫刻の影響を受けたからと言って、アフリカ彫刻がファインアートの主流になるわけではない。ヨーロッパが浮世絵の表現から影響を受けたのであって、浮世絵という商業美術が美術の主流に浮上したわけではない。

 ここにあげられた「商業美術家」たちを顕彰するのに吝かではないが、その限界をよく見極めることが大事なことだと思う。彼らを「本流」とする山下の提言にそんなわけで同意しかねるものだ。