川上弘美の選んだSF短篇

 毎日新聞の「なつかしい一冊」に川上弘美が数冊のSF短篇を選んでいる(2021年10月23日付)。

 

……なつかしい本は何冊もあるが、短篇が好きなので、1冊の本というよりも、数冊の中の短篇をそれぞれ思う。小説を書く今の自分の中に、それらの短篇はすっかりしみこんでいるにちがいない。十代の頃に愛読したそれらは、そしてあきらかに同じ傾向を持つ。舞台は「リアルな今」ではない世界。美しくかつ抒情的。表現はシンプル。

 「リアルな今」ではない短篇は、SFの世界の多く、たとえばアシモフの「夜来たる」、ゴドウィンの「冷たい方程式」、筒井康隆の「佇むひと」、ブラウンの「緑の地球」等々。どれも極限状況のもとで人間が何を感じるかを描いた名作である。「夜来たる」は2000年に一度しか夜が来ない惑星に住む人々が夜を迎えた日の話であり、「冷たい方程式」は、疫病の血清を運ぶための宇宙船に、兄に会うため密航した少女につきつけられた、非常な方程式の話、「佇むひと」は、言論統制下の世界で奇妙な罰を受けた妻と、その夫の話である。

 (……)「夜来たる」「冷たい方程式」「佇むひと」はSF好きには周知の短篇なのだが、ブラウンの「緑の地球」だけは、なぜかあまり話題にのぼらない。緑色の波長が存在しない惑星に不時着してしまった宇宙飛行士の話である。『ロビンソン・クルーソー』に準拠しており、まだ読んでいない方のために種明かしはできないのだが、結末はかなり衝撃的。けれどもその結末に、わたしは心酔する。半分狂ったこの宇宙飛行士が、自分とは別ものだとは、とても思えない。

 

 私もこの4編のSFを読んでみた。アイザック・アシモフの「夜来たる」はアシモフ21歳のときの作品、この作品で原稿料が25%上がったという。発想は面白いが、2000年に一度の夜を迎えた人々の描写がまだ浅いと思う。無理もない、21歳の時の作なのだから。

 トム・ゴドウィンの「冷たい方程式」、訳者の伊藤典夫が、「一作だけの作家というのがある。失礼かもしれないが、本篇の作者ゴドウィンがまさしくそれにあたるだろう。1953年に登場して以来、20篇あまりの中短篇と2冊の長篇があるにもかかわらず、この作品の印象があまりに強烈すぎて、ほかがかすんでしまっているのだ」と書いている。なるほど、とてもよくできている。SFの設定を使っているが、現実社会にも適用できる普遍的な内容だ。評価が高いのも納得できる。

 筒井康隆の「佇むひと」、川上がこれを高く評価するのが分からない。筒井康隆には傑作がたくさんあるのに。

 フレデリック・ブラウンの「緑の地球」、これも特段傑作とは思えない。短篇集『宇宙をぼくの手の上に』に収録されているというが、今は絶版。最近編まれたブラウンの短篇集第4巻に、「緑あふれる」という題で再翻訳されているという。

 久しぶりにSF短篇を読んでみたが、スタニスワフ・レムファンとしてはいずれも物足りなかった。アメリカのSFファンの方々にはごめんなさい。

 

 

 

 

「佇むひと」が収録されている