秋のバラが咲いている。花屋にもバラの花が並んでいる。実はヨーロッパで愛でられたバラは春にしか咲かなかった。秋に咲くバラは比較的新しいのだ。大場秀章『バラの誕生』(中公新書)によると、18世紀に中国のコウシンバラがヨーロッパにもたらされた。このコウシンバラを交配させることによってヨーロッパのバラは多様性を持ち、本格的な四季咲きのバラが登場した。秋の花屋に並ぶバラも、深大寺植物園のバラ園を彩る見事な秋のバラもコウシンバラの遺伝子の賜物なのだった。
私はバラについてこの本で学んだが、それ以前にバラについて教えてくれたのは、もう亡くなってしまったが、当時武蔵野薔薇会理事の渡辺さんだった。花屋に売っているバラがバラだとは思ってほしくない、そう言って「本当のバラ」をバケツに入れて私が勤務する会社まで届けてくれた。それは大輪の見事なバラだった。
渡辺さんは初め私の会社にバラのカイガラムシについて知りたいと電話をかけてきた。『日本原色カイガラムシ図鑑』を担当したので私が相手をし、カイガラムシの研究者に紹介した。次にはハスモンヨトウに似ているけれど別種の害虫について質問してきた。バラの蕾に食入するイモムシで、ハスモンヨトウに効く殺虫剤が効かないのだという。産卵もハスモンヨトウのように卵塊を産むのではなく1卵ずつ生むという。詳しく聞いてそれはオオタバコガではないかと答えたのだった。当時オオタバコガはまだ日本であまり問題になっていなくて、日本の農業害虫の研究者にもあまり知られていなかった。私は仕事で中近東の棉の害虫を調べていて、海外の文献やイギリスのフォトエージェンシーからオオタバコガの写真を借りたりしていた。それでバラの蕾に食入するイモムシがオオタバコガではないかと見当がついた。
渡辺さんは熱心な人で、オオタバコガの卵を一晩中観察して、ふ化するのが明け方だということ、ふ化幼虫はすぐに蕾に食入することなどを調べて雑誌に投稿したりした。そんな経緯で何度か渡辺さんの自宅に招かれ、その見事なバラ園を見せてもらった。なるほど、花屋のバラとはランクが違うことがよく分かった。
渡辺さんに都内で一番高級なバラを売っている花屋はどこか聞いてみた。二子玉の高島屋で1本1,600円だという。もちろん渡辺さんのバラの方が立派なことは言うまでもない。渡辺さんが亡くなってもう十数年経つだろうか。あの見事なバラ園はどうなっているのだろう。