斎藤幸平『人新生の「資本論」』を読む

 斎藤幸平『人新生の「資本論」』(集英社新書)を読む。私が3月に購入した本は20万部突破と帯にうたっていたけれど、最近書店で見たものには39万部となっていた。こんな難しい本がベストセラーじゃん!

 「人新生」とは、人類が地球を破壊しつくす時代と、これまた帯にある。カバーの折込には次のように要約されている。

 

人類の経済活動が地球を破壊する「人新生」=環境危機の時代。気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。それを阻止するためには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。

 いや、危機の解決策はある。ヒントは、著者が発掘した後期マルクスの思想の中に眠っていた。世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす。

 

 朝日新聞本田由紀が本書の書評を書いている(2021年1月16日)。

 

 気候変動と資本主義の問題点を豊富なデータや研究により喝破してゆく迫力はすばらしい。「SDGs(持続可能な開発目標)」でも「グリーン・ニューディール(技術革新による環境保護と経済成長の両立)」でも、加速度的に進む環境破壊と温暖化は止められない。先進国では達成したかに見えても、そのツケは途上国に押し付けられるだけ。電気自動車に必要なリチウムもコバルトも、途上国での貴重な水の浪費や環境汚染、過酷な労働を犠牲にしている。

 資本主義こそが、利潤のあくなき拡大を目指してすべてを市場と商品化に巻き込み、自然の略奪、人間の搾取、巨大な不平等と欠乏を生み出してきたからには、それを変えなければ、解決にならない。

 

 斎藤は、マルクスが最晩年に成し遂げたのは脱成長コミュニズムだという。

 

(……)旧来のマルクス主義は、現在に至るまでずっと生産力至上主義にとらわれてきたのだ。ソ連を批判するマルクス主義者であっても、生産力至上主義からは、完全に自由ではなかった。

 だが、現代社会が直面している生産力の無尽蔵な増大によって引き起こされている環境危機の深刻さを考えるならば、生産力至上主義を擁護する余地は、もはやどこにも残されていない。さらに、第2章で見たデカップリングの困難さを考慮すれば、「エコ社会主義」さえも、十分な選択肢とはいえない。

 

 「おわりに」で斎藤が書く。

 

 資本主義が引き起こしている問題を、資本主義という根本原因を温存したままで、解決することなどできない。解決の道を切り拓くには、気候変動の原因である資本主義そのものを徹底的に批判する必要がある。

 

 気候変動の問題は、「人新生」の必然的な結果だ。おそらく根本的には人口過多が一番大きな問題なのだろう。人口が増えすぎているというのが地球の悲劇の根本原因なのだろう。楽観的な姿勢はもう不可能なのだ。