笹井宏之歌集『ひとさらい』を読む

 笹井宏之歌集『ひとさらい』(書肆侃侃房)を読む。笹井宏之はWikipediaによれば、「15歳の頃から身体表現性障害という難病で寝たきりになり日常生活もままならず」、「2005年に「数えてゆけば会えます」で第4回歌葉新人賞を受賞。2007年、未来短歌会入会、加藤治郎に師事。同年、未来賞受賞。/馬場あき子に「出色の才能」、高野公彦に「詩的な飛躍があって透明度が高い」ときわめて高い評価を受け、インターネット短歌界から生まれたほとんど最初の歌人として将来を嘱望されていたが、インフルエンザから来る心臓麻痺により26歳で夭折した」とある。

 「詩的な飛躍」とあるが、飛躍は極めて極端で、私にはついてゆくのが難しかった。本書は笹井の第1歌集。そのいくつかを紹介したい。

 

えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい

クレーンの操縦室でいっせいに息を引き取る線香花火

フィリピンになるまでたたく乾電池(の中の電気)晴れますように

表面に〈さとなか歯科〉と刻まれて水星軌道を漂うやかん

この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい

フライパンになりませんかときいてくる獅子座生まれの秋田生まれの

三万年解かれなかった数式に雪を代入する渡り鳥

右うでに左うでが生えてしまってせっかくだから拍手している

国連でこたつを「強」にしていたらカナダから「弱」にされてしまった

神奈川で存在感が立ち上がりタバコをふた箱ばかり求めた

しあわせな着物を拾う 私もう表現です、めくるめく帯です

  

 同じくWikipediaで、岡井隆も「久しぶりに出てきた全方向性を持つ存在だった。普通の読者に声をかけられる一方で、前衛短歌を推進した我々のようなプロの歌人にも届く」と早すぎる死を嘆いたとあり、川上未映子も「こんなにも透明で、永遠かと思えるほどの停滞を軽々と飛び越えてしまうあざやかな言葉に生まれ変わって、それを体験したことがない他人をどうしてこんな気持ちにさせることができるのだろう」と評価しているという。