高橋源一郎『たのしい知識』を読む

 高橋源一郎『たのしい知識』(朝日新書)を読む。副題が「ぼくらの天皇憲法)・汝の隣人・コロナの時代」となっている。本書はこの3つのテーマを独立に論じたもの。雑誌『小説トリッパー』に連載した。

 地味なタイトルだがとても面白かった。高橋は教科書のつもりで書いている。しかし高橋は直接論じるのではなく、間接的に迫っていく。まず天皇憲法)を論じるにあたって世界各国の憲法日本国憲法を比べていく。するとやはり9条の戦争放棄が独特だった。

 9条はマッカーサーが加えたものだと思われている。しかし加藤典洋の『9条入門』(創元社)を参照すると、戦争放棄を提案したのは時の総理大臣幣原喜重郎だった。それは当時突飛な思想ではなく、世界の趨勢でもあった。「パリ不戦条約」に準じて、戦争放棄は「相互的であることを条件として」との規定をおくことが求められた。幣原が「世界中が戦争放棄を」と語ったのに、マッカーサーが「世界中が」という言葉を削り、日本だけの片務的放棄論にすりかえられた、と。

 高橋は新しい憲法について考察する。そして最後に終戦時の坂口安吾の提案をそっと置いている。なかなか大胆な提案だ。そんなことまで考えるべきなのだろう。

 他の「汝の隣人」=韓国・朝鮮もコロナ禍もとても示唆に富んでいた。地味なタイトルで惜しいが、重要な論文だと思う。