常盤新平『遠いアメリカ』を読む

 常盤新平『遠いアメリカ』(講談社文庫)を読む。先に読んだ『片隅の人たち』のいわば前編のような連作短編集。「遠いアメリカ」「アル・カポネの父たち」「おふくろとアップル・パイ」「黄色のサマー・ドレス」の4作からなっている。登場人物は共通で翻訳者を志している重吉とその恋人椙枝が中心になる。

 重吉は早稲田大学の大学院に籍を置いているがほとんど出席していない。早稲田のアパートでアメリカのペーパーバックに埋もれている。ペーパーバックや雑誌を買いに渋谷の百軒店の奥にある古本屋をしょっちゅう訪ねている。店のおじさんとも親しくなり喫茶店に誘われてコーヒーをおごってもらったりしている。

 椙枝は俳優座養成所を出て小さな劇団に所属し、女優の卵として定期的に子供向けの芝居の地方公演に駆り出されている。椙枝を紹介してくれた翻訳者が重吉を可愛がって面倒をみてくれている。

 重吉も椙枝もティッシュペーパーがなにか分からない。ハンバーガーもピザも具体的には分からない。アメリカは遠かった。

 「アル・カポネの父たち」で田舎で税理士をして仕送りをしてくれている父親との葛藤が、「おふくろとアップル・パイ」で同じく母親との葛藤が語られる。しかし、重吉は少ない仕送りと言いながらアルバイトもしないでのらりくらりと生活しているように見える。読んでいて、ちょっとふがいないと思ってします。

 それでも「黄色のサマー・ドレス」では、先輩の翻訳者から出版社に推薦され、いよいよ雑誌に載る短編の翻訳を依頼され、単行本の翻訳まで任される。出来上がった翻訳原稿に出版社の担当者から厳しいダメ出しがあって、その訂正のために毎日出版社に通うようになる。ほとんど全文に赤字が入れられ、駄目な点が指摘される。それを3カ月ほども続け、ついに出版される。その後、担当者から編集者として入社を勧められる。重吉は椙枝に結婚を申し込む。付き合い始めて4年が経っていた。

 気持ちの良い青春小説だった。ほとんど常盤の自伝に近いだろう。常盤は「遠いアメリカ」で直木賞を受賞する。でも年譜を見れば、こんなに愛し合った彼女と常盤は離婚している。まあ、常盤が入社した早川書房の社員だった詩人の田村隆一は5回も結婚しているけど。

 

 

 

遠いアメリカ (講談社文庫)