橋口幸子『こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと』を読む

 橋口幸子『こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと』(左右社)を読む。橋口夫婦は1980年2月に稲村ケ崎の家に引っ越した。ここの大家は田村隆一の4番目の正妻の和子だった。間もなく和子の恋人で田村隆一の友人である詩人の北村太郎が同じ家に越してきた。

 秋になって田村隆一稲村ケ崎の家に帰りたいと言ってきた。北村太郎が別のアパートに引っ越した。田村は若い女性を連れて帰ってきた。以来、大家が和子から田村に変わった。和子は階下に住み、田村は2階の階段を挟んだ橋口たちの向かいの部屋に住んだ。

 それから田村と和子と橋口夫婦の交流が語られる。田村はしばしば朝からビールやウイスキーを飲んでいる。橋口たちの部屋に顔を出す。一人で話し続ける。それが面白くて田村の訪問を嫌だと思ったことはなかった。読者にとって残念なのは橋口がそれらの面白い話をほとんど覚えていないということだ。

 田村は終日パジャマで過ごしていた。時に外出するときはパジャマの上に上着を着て行った。ある時田村にコム・デ・ギャルソンの紳士服のモデルの仕事がきた。撮影は高梨豊だった。どのパターンの服を着ても、ダンディで素敵だった。(この新聞広告は私も見て覚えている。とても格好良かった)。

 田村のアパートには3年半住んで、橋口たちは引っ越した。その後田村は和子と別れ、最後の奥さんと暮らした。一度鎌倉駅前で偶然田村の新しい家族3人に会った。きれいな奥さんと可愛らしいお嬢さんが一緒だった。田村は「彼はちゃんと働いているかい? ぼくが言ったと伝えてくれ。働けよ、働けよ、働けよとね」。でも橋口はその頃夫とは別居していた。後になって気づいたが、田村はもうすでにがんが見つかっていた頃だった。しばらくたって入院したが、手術はしないときめたと聞いた。夏に訃報が届いた。

 橋口の語りは時系列に沿っているわけでもなく、話が必然性もなくあちこちに飛んでいく。しかし、田村隆一ファンにとって、田村に関するエピソードは興味深く、読むことが楽しいものだった。私にとって田村隆一こそ戦後以来の最高の詩人なのだから。

 

 

 

こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと

こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと

  • 作者:橋口幸子
  • 発売日: 2020/11/11
  • メディア: 単行本