清水邦夫の幻の芝居『ひばり』について

 私は木冬社の芝居が好きだった。木冬社は劇作家の清水邦夫が主宰していた。初期の頃はしばしば蜷川幸雄が演出を担当していた。私が今まで見た芝居で最も高く評価するのは、『タンゴ、冬の終わりに』の初演で、清水邦夫脚本、蜷川幸雄演出、朝倉摂舞台美術だった。

 その清水邦夫の新作『ひばり』が発表されたのはもう30年ほど前になるだろうか。セゾン劇場主宰で、蜷川幸雄演出、ポスターが街に貼られ、前売り券も発売されたから、キャストも決まっていたのだろう。私も前売り券を買ったが、しばらくしてぴあだったか、電話があって、公演は中止になったので前売り券を払い戻しますということだった。結局『ひばり』は幻の芝居となった。中止の理由は清水が脚本を完成させられないということだった。

 ポスターやちらしの情報では、アヌイの『ひばり』と戦後の美空ひばりを重ねたものだということだった。アヌイの『ひばり』はオルレアンの少女こと、ジャンヌ=ダルクをテーマにした戯曲。ジャンヌ=ダルクはイギリスに対して祖国フランスを救うために立ち上がるが、最後はイギリス軍に捕えられ処刑される。清水はおそらく、破れても毅然とイギリス軍に対峙したジャンヌ=ダルクと、学生運動に敗れた若者を重ね、それに戦後すぐの頃の美空ひばりを重ねようとしていたのだろう。

 清水の戯曲が完成しなかったのはとても残念だ。どこかに清水の未完成戯曲の草稿や断片がのこっていないものだろうか。